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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~悪夢の鍋底にて(3)

 曹操は高い学習能力と鋭い勘で、劉氏の弱点を暴き出しました。

 劉氏自身は愚かで自己中心的な性格であるため、弱い部分さえ見つけてしまえば倒すことは難しくありません。


 しかし、袁紹を助けられるかどうかはまた別の話です。

 劉氏を倒しても、袁紹を助けられるとは限らないのですから。

(狙うのは繭、その前に腕か……)


 曹操は、憎らしそうに唸り声を上げる劉氏を落ち着いて見つめた。

 劉氏の体は頑丈だが、壊せないほどではない。


 遠くまで振り出せる血の色の鞭は、簡単に切れるが簡単に再生する。少々うっとうしいが、これに労力をかけるのは得策ではない。

 一方、肋骨が変化した腕はそう簡単に治せないようだ。

 今さっき腕を切り落とした部分は、特に何かが生えてくる様子はない。


(単純な女だ……だが、時間をかければどうなるか分からぬ。

 袁紹とて、一度死んでも時間をかければ蘇るからな)


 慎重に、しかしできるだけ短時間でけりをつける。

 曹操はこの悪夢の旅路で、死者の性質を学びつつあった。


  劉氏も死者なら、ここでは袁紹と同じ法則が通じるはずだ。


 曹操はごくりと唾を飲み、再び劉氏の懐に突進した。


「このっ!!」


 劉氏も多少は学習したらしく、今度は床すれすれの高さで鞭を振り出してくる。

 曹操は臆することなく剣を下段に構え、鞭を切り払って進んだ。


「これで、もう一本!」


 さっき切ったのと同じ側の腕に、刃をかけて体重をかける。

 ゴキッと鈍い音がして、関節が外れるように腕が落ちる。


「キィヒャアアア!!?」


 劉氏はまた情けない悲鳴を上げて、ごろごろと転がった。

 押しつぶすように転がる劉氏の体を避けて、曹操はまた距離を取る。


 劉氏は、ずるりと起き上ってつぶやいた。


「何よ、何で私を切るの?

 あなたの敵は夫じゃない、私は夫の妻でいただけ。被害者だわ!」


 どうやら、この期に及んで自分の罪が分かっていないようだ。


 戸惑うように目を白黒させて、ぶつぶつと文句を垂れる。

 これまで見たことがない厚かましさに、曹操は苦笑した。


(この女には、地獄では足りぬかな……)


 劉氏は、他人の都合というものをまるで理解しない。

 そのせいで息子が死んで袁家が滅んで、さらに地獄に落ちてもまだ理解できない。

 こんなものと、まともに話をしようとしても無理だ。


(卞には、苦労をかけてしまったな)


 曹操は、ふと妻のことを思い出した。


 劉氏を保護してから、無理を言って劉氏の話し相手を頼んでいた自分の妻。

 自分は袁紹に対して負い目があったので劉氏に寂しい思いをさせたくなかったが、思えば卞夫人にはひどい難題を押し付けてしまった。


  ここに来る前の日、喧嘩をしたと言っていた卞夫人の顔が蘇る。

  深く傷ついて、必死で痛みをこらえているようだった。


「卞のためにも、この女はおれが始末をつけねばならん!」


 心を固めると、曹操は劉氏をにらみつけた。


 劉氏の体は、始めよりも傾いている。

 劉氏の体には左右に6本ずつ腕があるが、同じ側を2本切り落とされたせいで体勢を保ちづらくなっているらしい。

 腕が少なくなった側をひきずるように、ひょこひょこと動いている。


  このままあと2本も切り落とせば、劉氏は倒れるはずだ。

  そうすれば、袁紹に手が届く。


 曹操は、劉氏の鞭の動きをよく見ながら攻撃をかけた。

 わざと腕の多い側に回って撹乱し、鞭を引き付けて戻る前に飛び込み、関節を断ち切る。

 地獄の風を味方につけて軽快に動き回る曹操に、劉氏は翻弄されるばかりだ。追いかけたくても、腕が少ないせいで動きもぎこちない。


 さらに傾いた劉氏の姿に、曹操は笑みを浮かべた。

 これなら、繭を切り開くのはそれほど難しくない。


(待っていろ、袁紹!)


 もはや腹を持ち上げることもできず、繭を引きずる形になった劉氏に、曹操は猛然と襲い掛かった。

 さらに同じ側の腕が切れ、劉氏はついに体を支えられずに倒れる。


 曹操の前に、血の糸の繭が露出した。


「しめた!」


 曹操はすぐさま剣を翻し、繭を浅く切り裂く。

 中に袁紹がいる以上、一刀両断という訳にはいかない。


 それでも、ばらりとほどけた繭の間から袁紹の顔がのぞいた。


「袁紹!!」


 曹操が声をかけても、袁紹はぐったりと目を閉じたままだった。

 だが、姿が見えれば、あとはここから引きずり出すだけだ。


 曹操は、素早く袁紹の体を掴んで繭から引き出そうとした。

 しかし、袁紹の体は動かない。


「なに……?」


 まるで巨大な岩を引っ張っているような手ごたえに、曹操は驚いた。

 この抵抗は、袁紹の体重では有り得ない。

 さらに力をかけると、袁紹を包む繭自体がごそりと動いた。


 そこで、曹操は気づいた。


(中でも、縛られておるか)


 繭が糸の塊である以上、中で袁紹の体ががんじがらめにされていてもおかしくない。

 曹操は、すぐさま剣を握って繭を大きく切り裂いた。


  中から現れた光景が、曹操に絶望を告げる。


「な、何だこれは……!!」


 曹操は、思わず唖然とした。


 袁紹は、ただ糸で縛られているのではない。

 袁紹の体中に浮かび上がった血管のようなあざから、皮膚を通り抜けてつながっているかのように糸が伸びている。

 手も、足も、顔も……袁紹の全身の穢れが劉氏とつながっていた。


  血の糸は、袁紹自身から生えていた。

  内から侵食する何かが、菌糸を広げて宿主を拘束するように。


 これは、容易なことでははがせない……曹操の顔から、血の気が引いていった。

 劉氏の怪物としての姿は、サイレントヒル3の神、アーケードの地下墓地ボスをイメージしました。

 さらに、自分の都合で男を破滅させる女を蜘蛛のような女だと例えるので、血の筋の穢れを糸とする上半身だけの蜘蛛にしました。


 さて、穢れの糸は袁紹の体内からつながっているので、侵食を解かなければ外すのは困難です。

 3のヘザーは悪魔祓いのアグラオフォティスで体内の神とのつながりを断ちましたが、袁紹にとってのアグラオフォティスは……。

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