表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
183/196

曹操~悪夢の鍋底にて(2)

 ついに、最後の戦いが始まりました。

 蜘蛛のような化け物となって袁紹を捕え、曹操に襲いかかる劉氏。曹操は、この強大な怪物にどのように立ち向かうのでしょうか。


 袁紹は現世に彷徨う幽霊、劉氏は地獄に落ちた死者、そして曹操は生身の人間です。

 普通に考えれば、曹操が一番不利なはずですが……。

 がりがりと金網を引っ掻いて、化け物が動き出す。

 濁って黄ばんだ目で曹操に狙いを定め、血の色の鞭を振り出す。


「きえええい!!」


 曹操は少し身を引いてそれを交わすと、素早く剣を振りかぶってそれを断ち切った。


「はあっ!」


 ぼたりと床に落ちた鞭は、耐えがたい悪臭を放って溶けていく。

 劉氏の腐った性根が、五感に露わになったようだ。


 それからも何度か鞭を切り払って、曹操は様子を伺った。


(袁紹は、やつの腹の繭か……。

 懐に飛び込まねば、助けられぬな)


 劉氏は地獄に落ちた身であるせいか、地獄とつながる穴からあまり離れられないようだった。

 だから、こうして距離を取っていれば劉氏は近づくことができない。


 だが、それは曹操の攻撃が届かないことでもある。

 劉氏の手が届く位置まで近づかないと、曹操の助けは袁紹に届かないのだ。


  しかし、それは曹操の命を懸けることでもある。


 この悪夢の世界でも、命を落とせば人は現実の世界でも死ぬ。

 劉氏の手が届くところで死ねば、曹操はすぐさま地獄に落とされてしまうだろう。

 劉氏は、それを狙っているのだ。


(……だが、袁紹を助けられるのはおれしかいない!)


 それでも動けない旧友を思って、曹操は己を奮い立たせた。


 劉氏の陣取っている付近は、ところどころ金網が外れて穴が開いている。

 そこに足を滑らせれば、地獄へ真っ逆さまだ。

 だが、今の曹操ならばそうならないかもしれない。


  曹操は、生きた人間なのだ。

  生きた人間を直接地獄に落とすことは、できない。

袁紹が言っていたから、多分間違いない。


 果たして、劉氏がそれを知っているかは分からない。

 だが、揺さぶりをかけてみる価値はある。


 曹操は、ごくりと唾を飲み、近づく機を伺った。


「この、成り上がりがああアア!!」


 劉氏が、再び鞭を振り出してくる。

 今度は、三本同時だ。


 その下をくぐるように、姿勢を低くして曹操は駆けた。


  曹操の頭の上を、穢れてべたついた鞭がかすめる。

  だが、むしろそれを目印にするように、鞭に沿って曹操は走った。


「あ、あら?」


 いきなり眼前に迫ってきた曹操に、劉氏は慌てた。

 大きく振り出した鞭は、まだ手元に戻ってきていない。

 さっきから観察して、見ていた通りだ。


「くっ、この……!」


 劉氏の肋骨が変化した腕が、ぐわっと上がる。

 次の瞬間、さっきまで曹操がいたところに鋭い爪が突き刺さった。


  ガイン、と鈍い音がして、火花が散る。


 爪が金網とぶつかった時、曹操はすでに側面に回り込んでいた。

 そして、繭を囲んでいる腕の一本めがけて剣を振りぬく。


「これでどうだ!!」


 だが、一撃では断ち切れなかった。

 太い骨がそのまま変化したような腕は、その外見にふさわしい頑丈さだ。


 大慌てで剣を抜くと、曹操は飛びのいた。

 すぐ目の前に、爪が振り下ろされる。


  ガアンと大きな音とともに、足元の金網が揺れる。


「おっと……!」


 思わぬ振動に足元をすくわれ、曹操の体がバランスを崩す。

 その後ろには、熱風を吹き上げる地獄への穴……。


 劉氏が、振り向きざまにニヤリと笑った。


「フフフ、そのまま堕ちなさい!」


 曹操は、秘かに剣を金網に突き刺した。

 万が一の時は、これで体勢を立て直すためだ。

 それでもひたひたと押し寄せる死の恐怖に抗いながら、体を後ろに倒していく。


 劉氏の顔に、勝利の笑みが浮かんだ。


「ホホホ!これで終わり……」


 その言葉を遮るように、突如として穴から熱風が噴き出した。

 ごうっと音を立てて吹き上げる風が、曹操の背中を押し返す。


  来るな、ここはおまえの来るところじゃない。

  おまえはまだ生きている、おまえを入れる訳にはいかない。


 地獄が、生身の曹操を拒んでいるのだ。


 その風を背中に受けて勢いをつけ、曹操は劉氏に駆け寄る。

 そして、倒れこむような勢いで腕の節に剣を突き付け、体重をかける。


 バキッと鈍い音を立てて、腕が切れた。


「ギャアアアア!!?」


 思わぬ奇襲に、劉氏はたまらず悲鳴を上げた。


  勝てるはずだったのに、堕ちるはずだったのに。

  この痛みは、何?


 曹操は素早く身をひねって劉氏の下から抜け、腕が届かない位置まで下がった。

 そして、痛みに悶える劉氏に不敵な笑みを向ける。


「人の痛みを感じぬ女でも、自分の痛みは感じるらしいな!」


 やはり、劉氏は地獄と生きた人間のルールを知らない。

 というより、全てを自分の都合のいいように考えるせいで知ろうとしないのだろう。

 そのツケが、今の一撃だ。


  盲目で人に痛みを強いる者は、いずれ盲目により痛みをこうむることになる。


 曹操は、この地獄の風に勝利の糸口を見出した。

 自分は今、生きている。

 生きているから、できることがある。


 死してなお囚われる旧友を救うため、曹操は再び劉氏に剣の切っ先を向けた。

 生きた人間を地獄に落とせない場面は、劉備編にありました。

 この時袁紹は生きた劉備たちを地獄に落とそうとしましたが、落とせなかったため不意を突かれて窮地に陥りました。

 それを、今度は曹操が利用して劉氏の不意を突いたのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ