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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~深淵の冀州城にて(1)

 悪夢行もついに、最終ステージです。

 サイレントヒルでいうと、不明世界に突入です。


 サイレントヒルの不明世界は、悪夢の主体となる者の最も思い入れの強い場所がぐちゃぐちゃにつながったような世界です。

 袁紹にとっての不明世界のベースは、一体どこなのでしょうか。

 地下は、ひたすら土に囲まれた狭い通路だった。

 闇のたまった一本道の奥から、のそのそと怪物が湧き出してくる。


  重なり合う肉塊の化け物、有刺鉄線を生やした犬の化け物……

  ありとあらゆる悪夢が、この闇に詰まっている。


 曹操は、その全てを切り払って進んだ。


 疲れてはいたが、この一本道では逃げ場がない。

 それに、まだこれだけの怪物を生み出すほどの悪夢にまみれた袁紹の心を、少しでも楽にしてやりたかった。


  首のない怪物は、この道にはいない。

  この暗い道にあるのは、切り払ってほしい悪夢ばかりだ。


「どけ、化け物ども!!」


 怪物を見るたびにロウソクを地面に置き、先手を打って怪物を切り伏せる。

 そして辺りが静かになると、足音を立てないように静かに先に進む。


 背後や横を警戒する必要はない。

 ここの道はまっすぐで、自分も怪物たちも隠れる場所がないからだ。

 どちらかが力尽きて死ぬしかない、逃げ場のない牢獄……それがどこにつながっているかは、神のみぞ知るところだ。


  この悪夢を作り出した袁紹自身ですら、この根源の悪夢を制御できてはいない。

  だからこそ、曹操に助けを求めているのだ。


 道の先に、扉が見えた。

 この地の底にふさわしからぬ、優美な装飾に彩られた扉だ。


(この奥、か……)


 曹操は一度深呼吸すると、心して扉に手をかけた。

 キィ、とかすかな音と共に、深淵が開かれていく。


 扉の隙間から漏れてきたのは、光。

 しかし、それはまるでこの世の全てを血に染め上げるような、赤い光だった。



 扉を開け放って中を見たとたん、曹操は思わず立ち尽くした。


「ここは……!」


 曹操には、その先の光景に見覚えがあった。


  威風堂々たる建物と屋根の形。

  広くゆったりと作られた、城郭と中庭の庭園。


 曹操は引かれるようにふらふらと歩み出て、周りを見回した。

 間違いない、この場所は……


「冀州城ではないか!」


 曹操は、確かにその場所を知っていた。


  袁紹の死後、冀州に攻め寄せて奪った城。

  袁紹が生きていた頃は、袁紹とその家族が暮らしていた城。


 今は廃墟のごとく荒廃して血錆の汚れにまみれているが、この骨格は確かに冀州城だ。

 夕闇のような真っ赤な空と、わずかに見通しが利く程度の暗闇。

 袁紹にとって最大の悪夢は、この城につながっていたというのか。


(だが、分からぬでもないな。

 この城で袁紹が共に暮らしていたのは……!)


 曹操は思い出す。

 冀州城で保護し、許昌に連れ帰って生かしていたあの女のことを。


  どこまでも高慢で、胸が悪くなる女だった。

  自分には生まれ持った栄光があると、信じて疑わなかった。


  そして、自分はつい先日、あの女の死に様を見てきたではないか。


 何かの呪いにでもかかったような、無残な死に顔だった。

 艶やかだった髪が一晩で真っ白に変わり、何か恐ろしいものでも見たようだった。


  その恐ろしいものが、死んだはずの夫であったとしたら?


 袁紹は、現世に干渉して悪夢を顕在化する力を持っている。

 そして、憎い相手に復讐したりかつての臣下に助けを求めたりした。


  あの女は袁紹にとって、大切なものだったのか。

  それとも、最も憎むべき敵であったのか。


(おそらく、両方だ。

 あの頃の袁紹は、二つに分かれていた)


 曹操の頭の中で、全てがつながった。


 袁紹の一番近くにいて、憧れた実母を思わせるのは、袁紹の子を産んで立派な大人になるまで育てた妻……劉氏だ。

 冀州城の上品な居室で、袁紹は劉氏の母としての姿を見ていた。

 そうしているうちに、いつの間にか実母の像は劉氏に侵食されていた。


  だが、劉氏は残酷で悪魔のような女だった。


 劉氏は、母としての姿を見せながらも、袁紹と同じ立場の妾の子とその母たちをひどく疎んじた。

 自分の子に栄光の道を歩ませるために、邪魔者はことごとく惨たらしい方法で殺した。

 そのうえ袁紹との間にできた自分の子すら、手駒のように扱って心から愛してはいなかった。


  こんな母親の姿を間近で見せられた袁紹の心中は、いかばかりだろう。

  そんな劉氏の歪んだ存在は、袁紹の中の実母の像を歪めた。


  自分を愛してくれるはずの、拠り所は醜く変貌を遂げ……

  決して直視してはならない醜悪な屍となった。


 曹操は悲しみを湛えた目で、腐肉のこびりついた骸骨のような冀州城を見渡した。

 自分にとって最も安住できるはずの場所が、袁紹にはこんな風に見えていたのか。


 その影で形作られた城郭の中心に、ちらりと光る何かが見えた。


「!……あれは!?」


 真っ赤な空に舞い上がるそれは、火の粉だった。

 このどこまでも広がっているようで閉ざされた空間の、どこで火の手が上がっているのか。


(地獄、か)


 曹操は、ごくりと唾をのんだ。


  どこも燃えているようには見えないのに、あの火の粉はどこから来たのか。

  だいたいの予想はつく。

  きっと、地獄からだ。


 地獄が、袁紹を飲み込もうと口を開けているのだ。

 つまり袁紹は、あそこにいる。


「迎えに行ってやらねば、な……」


 疲労ののしかかる体を叱咤して、曹操は歩き出した。

 逃れられぬ苦しみに囚われ、それでも旧友を信じて助けを求める愛しい友のもとへ。

 ついに、袁紹の実母の像を歪めて腐らせていた存在が明らかになりました。

 これまでいくつもヒントを出してきたので、もうお気づきの方も多いかもしれません。


 そう、劉氏です。

 袁紹にとって最も身近な母にして、最も憎むべき名家の呪縛……それが袁紹の中の母親像を汚してしまった真犯人でした。

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