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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~影児の間にて

 この館に現れる怪物は、全てが最も強い呪縛につながる前兆のようなものです。


 かつて劉備たちも辿った、袁紹の深淵への道。

 その入り口の部屋にはどんな怪異が待っていたか、覚えていますか?

 階下には、上と同じようにロウソクの明かりが灯っていた。

 曹操は、今度は慎重に周囲を伺いながらそれに近づく。


  やはり、いた。


 揺らめく明りの届くところに、佇む首のない影。

 首に刺さっているかんざしも、さっきの怪物と同じだ。


(チッ……これ以上明かりを失うのは避けたいな)


 物陰に身を潜めたまま、曹操は舌打ちした。


 さっきの階まではまだ、かろうじて上からの光が届いていた。

 しかし、ここから下は一寸先も分からない闇だ。

 怪物の位置や姿を把握する以前に、足を踏み出す先がどうなっているかも分からない。


(明かりだけ取って、やりすごせるか?)


 曹操は、腰を上げて走り出す姿勢をとった。

 あの怪物の動きは鈍かったはずだ。


  ゆらゆらとロウソクの炎が揺れて、壁に映った影が蠢く。

  血の穢れと黒い影の境目が、一瞬分からなくなる。


 心を決めて一瞬、曹操はロウソクに向かって走った。


「ギィ!?」


 怪物が気づいて振り向いた時には、曹操はすでにロウソクを掴んでいた。

 そして怪物がかんざしを投げる前に、脱兎のごとくその視界から走り去る。


 足音など気にせず、廊下の角を曲がって一路階段へと向かう。

 途中で寝台の化け物に出くわしたが、相手にせずに走り抜けた。


  戦う必要がないのなら、無駄に体力を消費することはない。

  終わりが見えない状況ならともかく、もう終わりは見えているのだ。

  袁紹が救われて悪夢の世界が消えれば、どうせこいつらは消えるのだから。


 ロウソクの火をかざしながら、曹操は一気に下へと駆け下りた。

 下の階にも同じように火のついたロウソクがあったが、予想通りあの首のない怪物を倒さなければ炎は消えなかった。


(どうやら、袁紹はあれを倒してほしくないらしいな)


 あれを倒すと火が消えて、辺りが闇に包まれる……おそらく、首のない怪物は袁紹の大切なものだったのだろう。


  袁紹の趣味とよく合う、かんざしの刺さった女。

  その女から生まれる、首のない幼子。

  アレが何であるかは、何となく想像がついた。


(袁紹の側にいた母親……確かに、あの妾たちもそうだったか)


 袁紹の死後、その妾と子供たちが正妻に殺されてしまったことは、曹操も聞いている。

 それも、酷い拷問の末に首をなで斬りにしたという。

 冥界に行けず幽霊となって彷徨っていた袁紹の目の前で、おそらくその惨劇は起こったのだろう。


 その時の袁紹の気持ちを思うと、心臓が抉られるようだった。

 それを思うと、自分は本当にいい正妻を持ったものだと思う。


  それが正妻にとって幸せなことかは、また別の話だとして。


 そんなことを考えると、自然と戦う気は失せた。

 他の怪物の足音に気を付けながら、明かりの側では息を整え、一気に走り抜けて……気が付いたら、曹操は一階まで下りてきていた。


「さて、穴はもっと深いようだが……」


 一階まで下りても、まだ穴の底は見えないままだ。

 ここから飛び降りても、無事に着地できる深さに底があるとは思えない。


(どこか、地下につながる場所を探さねば)


 袁紹が自分を導いている以上、どこかに道があるはずだ。

 ここに来た時、一階はよく調べずに階段を上ってしまったため、まだ見ていない部屋はある。

 曹操はロウソクを掲げて闇の中を照らしながら、血塗れの廊下を歩いていった。



 とある部屋の前を通った時、曹操は扉の中から漏れている光に気づいた。

 かすかに揺らめく、温かい光。


(ロウソク……か、確かに今のだけでは地下までもつまいな)


 地上まで下りてくる間に、曹操の持つロウソクはだいぶ短くなってしまっていた。

 この辺りで一本補充しなければ、穴の底まではとてももたないだろう。


 曹操は慎重に扉を少し開け、中の様子をうかがった。


  細い隙間から、息を殺して中をのぞく。

  家具もない殺風景な部屋。

  だが、その部屋の真ん中には、暗くぽっかりと口を開けた穴があった。


(地下への入り口か!)


 幸い、中に怪物の姿はない。

 曹操は素早く扉を開け放ち……驚愕に目を見開いた。


「な、何だこれは!?」


 部屋の中には、無数の子供の影が横たわっていた。

 隙間からのぞいた時は血の穢れと区別がつかなかったが、それとは明らかに別物だ。

 床を埋め尽くすようにして、黒い子供の影が死体のように横たわっている。


  だが、行くしかない。


 曹操が慎重に足を踏み入れても、特に変わった様子はなかった。

 しかし、曹操がロウソクを手に取った瞬間、異変は起こった。


「父上はどこ?母上はどこ?」


 舌足らずなつぶやきが、幾重にも重なって響き渡る。

 黒い影が、もこりと盛り上がった。


「なっ……!」


 見る間に黒い影は起き上がって人型となり、押し寄せてきた。

 黒く塗りつぶされた子供の影が、曹操の体をすり抜けて走り回る。


(……実体がないのか)


 影が体を通り抜けた時、曹操は少し拍子抜けした。

 実体のない、実害のない怪物ならば相手にする必要はない。


 しかし、力を抜いた曹操の側で、他の影とは違う声が聞こえた。


「父上…ヲ、返シテ……」


 次の瞬間、曹操の腰から太腿に鈍い痛みが走った。

 鎧を引っ掻く金属音が響き、腹帯が破れる。


「な、に……!?」


 曹操の背中に、冷たいものが流れた。


  この影の中に、混じっている。

  鋭い爪をもった、首のない黒い子供が。


 曹操はすぐに辺りを見回したが、そう簡単には見つからない。

 これだけたくさん実体のない影がいるのだ。実体のある首のない個体も、紛れてしまってどこにいるか分からない。


 これでは、どこから攻撃されるか分からない。

 逃げ場は二つ、さっき入ってきた扉と、目の前で口を開けている深淵への階段。


 曹操は、迷わず階段に駆け込んだ。


(袁紹……!)


 逃げても何の解決にもならないのは、分かっている。

 それに、あの母親から生まれる子供の怪物を、おそらく袁紹は倒してほしくないはずだ。


  袁紹に必要なのは、自分の助け。

  自分がするべきことは、袁紹のもとへ向かうこと。


 さっきよりずっと大きな炎の灯ったロウソクを手に、曹操は階段を駆け下りた。

 最後まで友の心を縛り続ける、悲しい呪縛に終止符を打つために。

 倒すとよくないことが起こるのは、それが袁紹にとって愛しい者の幻影だからです。

 首のない母子は、袁紹にとってそれ自体が悪夢だったのではなく、それを目の前で奪われることが悪夢でした。

 同じ「悪夢を再現する」という現象で現れた怪物であっても、悪夢の意味が違う場合があるので注意が必要です。


 いよいよ、悪夢行も終わりに近づいてきました。

 楼閣の地下に広がる不明世界で、曹操は何を見るのでしょうか。

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