表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
169/196

曹操~愛惜の館にて(4)

 ボス戦のようですが、今回は部屋が裏世界化を起こしていません。

 これは、袁紹にとってその場所が聖域であるからです。

 袁紹が汚れを許さないから、汚物にまみれた裏世界化が起こらないのです。


 一方、曹操には袁紹と争う気はありません。

 曹操はどのように、袁紹の呪縛を解こうとするのでしょうか。

 袁紹は、苦しそうに顔を歪めながらも曹操に剣を向けた。


「く、ぐ……仇……私と、母上の大切な血の……!」


 眉間に皺を寄せ、時折頭が支えを失ったようにぐらつく。

 袁紹自身、この期に及んで曹操と戦うのは辛いのだろう。


  しかし、抗うことはできない。

  それは袁紹がずっと心の支えにしてきた、母の願いの敵なのだから。


 曹操は、斬りかかってくる袁紹を軽く受け流し、思いっきり背中を押して勢いをつけて転ばせた。

 元より、袁紹と戦うつもりなどない。

 ここは袁紹をできるだけ傷つけないように、他の館と同じように呪縛を解くのだ。


 曹操は、迷うことなく寝台へと走った。

 これまでの館と同じならば、母親の幻影にその手がかりがあるはずだ。


「御免!」


 一応軽く謝りながら、薄絹のカーテンを切り裂く。

 カーテンの一部がはがれ、夜着に包まれた大きな体がのぞいた。


(やはり、実体はあるようだな)


 曹操は、少しだけ安心して額の汗を拭った。


 元となる情報が少なすぎるため、実体がなかったらどうしようかと思ったが、その心配はなかったようだ。

 この母親の幻影にも、きちんと目に見える姿はある。


  いかに情報が少なくても、ある程度しっかりした像がなければ崇拝はできない。

  おそらく、袁紹が自分で補完して母親像を作ったのだろう。


 実体があることを確認すると、曹操は高めに剣を構えた。

 姿があるなら、きっとどこかに袁家の意志とつながる不自然な部分があるはずだ。


  母の遺志と袁家の理想をつなげた、不自然なつなぎ目のようなものが。

  そこを断てば、袁紹はもう曹操に復讐しなくても良くなる。

  母の願いが、袁家の当主とはつながらないのだと教えてやれば。


 これまでの経験から、曹操はそう判断して再び攻撃に移った。

 しかし、その刃は袁紹によって阻まれた。


「母上に手を出すな!!」


 カーテンに届こうとした切っ先は、袁紹の剣に弾かれた。

 体勢を立て直す間もなく、袁紹が体当たりで曹操を突き飛ばす。


「うわっ!?」


 今度は、曹操が床に転がる番だ。

 どうにか起き上がって袁紹の方を見ると、袁紹は怒りに燃える目でこちらをにらんでいた。


「貴様は……母のありがたみを分かっておらぬ!

 ずっと側に母がいたが故に、他人が母に手を伸ばして何も感じぬのであろう!?」


 袁紹は、寝台を守るように、曹操の前に立ちはだかる。


「……分かるものか。

 他の誰かが、母に触れようとするこの恐怖が!

 私も母も、針のむしろの上で懸命に今日を生きてきたのに!!」


 その言葉には、嫉妬と恐怖が綯交ぜになっていた。

 ずっと母の側で育ってきた、曹操の恵まれた親子関係への嫉妬。そして、また母を守れないのではないかという圧倒的な恐怖。


  思えば、袁紹の母の命は常に風前の灯火のようだった。

  父袁逢のちょっとした心の変化で、いとも簡単に殺されてしまう存在。

  確かにこの世にあったその存在すらも、人の手で消されてしまう存在。


 そんな袁紹にとっては、常に親に触れて育ってきた曹操がどれほど羨ましかっただろうか。

 その辺りも、曹操と袁紹が大人になってから分かり合えなくなった原因の一つかもしれない。


  大人になって子を持てば、嫌でも自分の子供時代を思い出さざるを得ないから。


「袁紹……おれは、ずいぶんおまえを傷つけていたのだな」


 曹操が言うと、袁紹は自嘲めいた笑みを浮かべた。


「ふん、私が勝手に傷ついていただけだ。おまえは悪くなどない。

 だが、どんなに気にしないようにと思っても、見れば思い出して比べてしまう。今こうして刃を振るうのも、同じことだ」


 その言葉には、積年の羨望がこもっていた。


  いつも父と母に愛されて育った曹操。

  父に利用され、母と引き離されて育った袁紹。


 身分とか袁家のしがらみとかそういうものを除いて、最後に残るわだかまりがこれなのだ。

 曹操は自分が母に愛されて幸せだったのに、自分が母の願いを叶えようとするのは許さなかった。

 そういう風に感じているのだ。


「だが、母の願いの本当の意味は、おそらく袁家とは関係ない」


 その妄想を断ち切るように、曹操は袁紹に言い放つ。


「母はおまえに、自分に誇りを持って生きよと言いたかったのだ。

 おまえがおまえらしく、悔いのない生き方をせよと……おれにはそういう意味に取れたが?」


 すると、袁紹は信じがたいといった顔で聞いた。


「しかし、その証拠はあるのか?」


 この問は愚かだ。

 曹操は、逆に問い返した。


「ならば、おまえの考えにも証拠はあるのか?

 母の願いが、おまえが袁家の当主として生きることだと」


 袁紹の目が、かすかに揺れた。


「それは……」


「証拠がないのはお互い様だ。

 袁紹よ、おまえこそその考えは継母や袁家の老人に刷り込まれたものだろう。

 おまえが母の本当の心を知らぬことを利用してな」


 言うが早いか、曹操は素早く袁紹に駆け寄って距離を詰めた。

 そして、寝台を守ろうと上段に振りかぶった袁紹の剣をかわし、不意をついて足を払う。


「袁紹よ、最後くらい、人に示されたものではなく本当の母の姿を考えてみるといい。

 そうすれば、おまえは本当の意味で楽になれる」


 袁紹が体勢を崩した隙に、今度こそカーテンの上部を狙う。

 まぶしく輝く斬撃が、薄絹のカーテンを一文字に切り裂く。


  はらりと花びらが散るように、カーテンが落ちていく。


 その中には、袁紹が憧れてやまなかった聖なる母が鎮座していた。

 袁紹の曹操に対する負の感情には様々なものがありますが、根本的に袁紹を縛っているのは、亡き母の願いを袁家の繁栄とつなげていることです。

 曹操は母の真の姿を考えさせることで、袁紹の呪縛を解こうとしますが……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ