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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~回想の楼閣にて(5)

 何とか更新できました。

 引っ越しで忙しくて、しかも新居のネット接続が間に合わないのでしばらく更新が止まります。

 年末年始頃には復帰すると思います。

 少し経つと、袁紹は一つため息をついて、枕元から一通の手紙を取り出した。


「……おまえの言う通りだよ。

 母は私に、生まれに恥じないで立派な人生を送ってほしいと願っていた」


 それは、実母の遺書だった。

 袁紹が会いたくてたまらなかった実の母が残した、唯一の意志だ。


 袁紹は自嘲気味に、その遺書を広げて目を落とした。


「母は、私に会う事は半ば諦めていたらしい。

 そして、会えなくても、私が栄えある道を歩んでくれればそれでいいと記してある。

 母上も、私に幸せになってほしかったのだ」


 袁紹の声に、涙が混じる。


「それなのに、私は己の悲しみに溺れて母上の願いを足蹴にしようとしていた。

 いや、私は幸せになれる自信がないのかもしれない。

 これまでずっと袁家の奴隷として生きてきて、今更幸せになれと言われても、幸せになれる気がしないんだ!」


 そこまで言って、袁紹は肩を震わせてむせび泣いた。


  自分だって、できることなら母の願いを叶えたい。

  しかし、自分の幸せを掴むことがどうしてもできると思えないのだ。


 そんな袁紹の背中を押すように、曹操は激励の言葉をかけた。


「大丈夫だ、おまえは幸せになっていいんだ!

 これまでは邪魔が多くてできなかったが、これからはきっとおまえの時代になる。おまえを縛っていた者たちを乗り越えて、おまえの幸せを掴むんだ。

 そして、母上の願いを叶えて、一緒に日の下を歩くんだ!」


「……一緒に日の下を、か。それもいい」


 曹操の力強い励ましに、袁紹はようやく生気を取り戻した。


「母の遺言通り、立派に生きて、幸せに……。

 私にも、それができるのならば」


 こうして、曹操は袁紹を暗い楼閣から連れ戻した。

 艶やかな刹那の楽しみだけが存在する街を抜けて、明るい日の下に二人で踏み出す。


 曹操は、袁紹の実母の手紙に感謝した。

 あれがあったから、袁紹は闇に呑まれることなく出て来られたのだと。


  もっとも、なぜ袁逢があんなものをわざわざ残しておいたのかは深く考えなかったが。


 その時の曹操にとっては、袁紹を救えたことが何より大事だった。

 一緒に手をつないで隣を歩く袁紹の内に深く食い込んだ闇の根には、その時は気付いていなかった。



 白い霧をかきわけるように階段を上りながら、曹操は思う。

 あの時、自分は袁紹の考え方をもっと理解しておくべきであったと。


  立派に生きて、幸せになる。


 袁紹にとって、それは袁家の長として立派に勤め上げる事であるとずっと教え込まれていた。

 袁紹は、あの継母の教育により、それ以外の生き方を知らずに育ったのだ。

 だから前の館で分かったように、曹操を引き止めるために最善手だと思ってあんな高圧的な態度を取ったりもしたのだ。


 そんな袁紹が立派に生きようとして、袁家の呪縛から逃れられる訳がない。

 袁逢はそれを計算に入れて、わざとあの部屋と手紙を自分の死後も残したのだろう。


  母の願いにつけこんで、袁紹が袁家から逃げられぬように。


 袁紹を楼閣から救い出したあの日、自分は袁紹を救えたと思い込んだ。

 しかし、実際には袁逢の手の内で踊っていたにすぎなかったのだ。


(おれが、あの時……袁紹にもっと他の生き方を伝えていれば……)


 袁紹が死に、もう一度ここに来るまでそのことに気づかなかった自分に、反吐が出そうだった。

 あの時は自分も袁紹も、考えが足りぬ若造にすぎなかった。


 袁紹が立派に生きようとするほど、周囲は袁紹に期待をかける。

 その期待を裏切る訳にいかず、袁紹は袁家の当主として立派に振る舞うしかなくなる。

 元々袁紹を縛っていた老人どもが死んでも、今度はそいつらと袁紹を重ねて讃える周囲が袁紹を縛るようになる。


  もがけばもがくほど、地獄の底へ落ちていく。

  足を踏み入れたが最後、二度と出られぬ蟻地獄のように。


「袁紹、おれは……本当はあの時、おまえを救えていなかったのだな」


 最上階の厳かな扉の前に立ち、曹操はつぶやく。

 その目には、強い決意が輝いていた。


「おれは、今度こそおまえを本当の意味で救って見せる!

 あの時おまえを救えず、不幸の種を育ててしまった償いだ」


 失ってしまったものは、戻らない。

 しかし、せめて袁紹の魂に安息を与えてやることはできる。


 親友としてできる最後の償いを、今こそ果たす時だ。

 曹操は、長年に渡り悪夢をまき散らしてきた震源地の扉に、そっと手をかけた。

 袁紹は、曹操に背中を押され、母の遺書通り立派に生きて幸せになろうとします。

 しかし、袁紹が名家の長としての生き方しか知らなかったのは、悔恨の館で明かされたとおりです。そして、辛毗編で袁紹自身が告白したように、袁紹が立派に振る舞うほど周囲の期待が袁紹を縛ってしまいました。

 母親は、決してそんなつもりで遺書を残した訳ではなかったのですが……故人の遺志が歪んで伝わってしまう悲劇は、現代でもなくなる事はありません。

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