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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~回想の楼閣にて(1)

 今回は過去の話です。

 曹操が初めて袁紹を楼閣に迎えに行くことになった、そのきっかけが語られます。

 廊下にまた足音が響き、足跡と涙の跡が延びていく。

 残された足跡は、さっきより大きくなっていた。


「思えば、おまえはいつも心の中で泣いていたのだな……」


 黒く濡れた足跡をたどりながら、曹操はつぶやく。

 あんなに袁紹の側にいながら、救ってやれなかった日々を思い出しながら。


 階段を上るにつれて霧は濃くなり、しかし空気は清浄になっていく。

 怪物も他の人間も、邪魔なものは何もいない聖域だ。


  聖域に、なるはずだった場所だ。


 しかし、曹操は何となく神経に障る違和感を覚えていた。


  これは、真の静寂ではない。

  おそらく、嵐の前の静けさだ。


 袁紹の最も深い悪夢が、このまますんなりと終わるはずがない。

 きっとここで見る悪夢は、どこよりも暗く恐ろしいのだろう。


 それでも、曹操は退くことなく頂上へと登る。

 ここまで来たのだから、後は全力で残さず悪夢を消し去ろう。

 そして、あの時救えなかった友を、今度こそ本当に温かい日の下に連れ出そう。


  蘇るかつての楼閣の記憶が、この聖域の光景に重なった。



 若い頃、袁紹は一時期行方不明になっていた。

 あのまじめな袁紹が、誰にも行先も期間も告げずに姿を消したのだ。


 職を辞すきっかけは、袁成の死だった。

 袁紹はその時、父袁成とその妻である育ての母、二人分で四年間喪に服すと言った。

 周りはそれを聞き、何と親孝行な息子だろうと噂した。


  普通の役人なら、経済上こんなに長く休めないのかもしれない。

  だが、袁家にはうなるほどの財産がある。


  だから何年も喪に服すという袁紹の話を、誰も疑わなかった。


 その喪に服している間に、袁紹はもう二年間喪を延ばすと親族に告げた。

 それは、実父である袁逢の分であると。


 その時も、周りは苦笑しながらもそれを認めた。

 袁紹が袁逢の子であることは秘密事項だが、本当の親の喪に服すのはいいことだ。

 そもそも、こんな機会でもないと本当の親の喪に服すこともできないのだと、袁家の親族たちは哀れんだ。


  だが、袁紹が本当に大切に思っていた実の親はどちらだったのか……

  上から目線の袁家の者たちは何も分かっていなかったのだ。


 四年が経って育ての親の喪が明けると、袁紹はにわかに姿をくらました。



 袁紹が姿を消したことは、最初は外に漏れなかった。


  当然だ。

  袁家の親族や重臣たちは、名誉が汚されるのを何よりも嫌う。


 当初、袁家ではどうにか外に漏れないうちに袁紹を探し出し、内々に処理しようとしていたらしい。

 しかし袁家の人脈をもって八方手を尽くしても袁紹は見つからず、袁家の親族たちは次第に焦り始めた。


 しまいには、袁紹を高い位につけると世間に公表しておびき出そうとしたが、それでも袁紹は出てこなかった。

 代わりに、その話を断るという手紙がどこからか届く始末だ。

 当時袁家の重鎮であった袁隗も、これには困り果てて叫んだ。


「あいつめ、この袁家を滅ぼす気か!!」


 今になって思えば、本気で滅ぼす気だったのだろうと思う。

 いや、単純に袁家のことなどどうでもよくなっていたのかもしれない。


  姿を消したその直後に、袁紹は知ったのだ。

  名家の誇りに囚われた袁家が、いかに残酷で醜い家なのかを。


 結局そんな家の言う通りに生きることしかできないのならば、いっそこの世から消えてしまえ……それが、袁紹なりの報復だったのだろう。


 袁紹は、自分を拘束し、期待をかけて育てた袁家そのものを裏切ったのだ。

 そしておそらく、誰も迎えに行かなければ、袁紹はそこで歴史の舞台から消えてしまっていたかもしれない。



 だが、曹操は袁紹のことが心配でならなかった。


  袁紹が袁家を心の底で疎んでいるのは、当時から知っていた。

  だから、袁紹が姿を消した理由も少しは分かる気がした。


 袁紹が袁家に尽くしたくない気持ちは分かる。

 しかし、こんな風に逃げては何も解決しないと曹操は思った。


(誰にも知られず隠れていれば、確かに楽かもしれない。

 だが、それでは己の道を閉ざすのと同じことだ)


 曹操は、いずれ袁紹と共に天下を動かしていきたいと思っていた。

 それに、袁紹はせっかく家柄だけでなく才能も授かっているのだから、それを生かさないのはもったいないと思った。


  幼い頃から、あれだけ苦労して今の地位を手に入れたのに。

  くだらない報復のためにそれを全て捨ててしまうのは、いいやり方ではない。


 袁家を見返したいなら、才能を生かして袁家の誰よりも高い位に上り、自由をもぎ取ればいいではないか。

 曹操は、自分の自由な身の上からそう思った。

 だから曹操は、自分が袁紹を迎えに行こうと決意した。


  袁紹に、袁家に負けず、強く生きさせるために。


 幸い、曹操は袁紹の行く先に心当たりがあった。

 かつて袁紹と共に突き止めた、あの色街だ。

 袁逢が袁家の他の親族の目を盗んでまで通っていたあの場所であれば、袁家が探しても見つからない可能性が高い。


  袁紹は、きっとあそこにいる。


 そうして、曹操は一人、その色街に向かった。

 袁紹を迎えに行き、再び共に光の下を歩むために。


  しかし、曹操は知らなかったのだ。

  袁紹がその場所で、どんな悲しい悪夢に見舞われたのかを。


 軽い気持ちで訪れたその色街で、曹操は幽鬼の如く変わり果てた袁紹と再会することとなった。

 袁紹が何年も喪に服すために休みをとったり、袁隗の招聘を断ったりしたのは本当です。

 そして袁隗に「一族を滅ぼすつもりか」と叱られたのも本当です。

 どうも若い頃の袁紹は相当反抗心が強かったようです。


 この章では、その原因を私なりに解釈して悪夢を描いてみました。

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