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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~巡礼の道にて(5)

 憎悪の館で見たように、裏の袁紹には袁逢の存在が救いとして刷り込まれています。そのため、裏の袁紹は袁逢に逆らうことができません。

 片や、表の袁紹は袁逢を憎み、呪縛を断ち切ろうとします。


 表と裏の気持ちが相反する中で、勝機を見出せるのでしょうか。

 曹操は、動けなかった。

 動けば、裏の袁紹がどうなるか分からない。


  あの哀れな幼子の命は、今や完全に醜い父の手の内にある。


 しかし、表の袁紹は構わず父に剣を向けた。


「構うことはない、曹操……。

 どうせ、わしはもう死んでいるのだ。

 今更魂の半分を握りつぶされたとて、それが何になる!」


 表の袁紹の目には、父への敵意がめらめらと燃え上がっていた。


「あの頃救いだった父の手に、わしの全てが殉じるつもりはない。

 それもあって、魂を割ったのだからな!」


 怯えた表情で父の手にぶら下がり、抵抗もしない裏の袁紹。

 憎しみと怒りの赴くままに、父に刃を向ける表の袁紹。


 それを見た時、曹操は割れた魂がいかなるものか分かった気がした。


  これは、ある意味の保険。

  一つの考え方と意志では生きられない場合に、独立した別の意志を発生させる手段。


 名家の自分を受け入れられる袁紹と、そうでない袁紹。

 父に救いを求める袁紹と、抗うことができる袁紹。

 これが、表と裏の関係なのだ。


「ふん、わしに人質など通用するものか。

 他人ならともかく、わし自身なのだぞ」


 表の袁紹は、心の棘の向くままに、父の怪物に斬りかかった。

 しかし、怪物も遠慮なしに裏の袁紹を盾にして突き出す。


「ゴガァ!?」


 怪物の体から、どす黒い血がほとばしった。

 同時に、表の袁紹の顔にぽたぽたと赤い血がかかる。


  それは、裏の袁紹が流した血だった。


 表の袁紹は確かに怪物に手傷を負わせた。

 しかし、同時に裏の袁紹をも傷つけてしまったのだ。


 怪物は己だけがやられはせぬと、裏の袁紹を確実に斬られる位置に持っている。

 表の袁紹は何としてもこの父親を倒そうと、裏の袁紹に構わずに刃を振るう。

 その光景に、曹操は胸をえぐるような気分の悪さを覚えた。


「だめだ、やめろ袁紹……。

 それは、もう一人のおまえだぞ!」


 袁紹はもう死んでいるので、傷ついてもまた蘇る。

 それは分かっている。

 しかし、今目の前で行われている同士討ちは意味が違うのではないか。


  袁紹の願いは、割れた魂を直して冥界に行くことのはず。

  あんな風に自分同士で傷つけ合って、本当に魂が直せるのか?


 表の袁紹が刃を振るうたびに、裏の袁紹の悲鳴が響く。

 これで解放されることができたとして、袁紹の魂は一つに戻れるのだろうか。


  否、と曹操は思う。


 人間、何を信じるにもまず自分を信じられなければならない。

 自分を認められない人間が、救いを得られるものか。


 今、袁紹は憎き父を倒したいあまり自分を傷付けてしまっている。

 抵抗することも許されず、生きるために父の救いにすがるしかなかった自分を。

 これでは、勝ったとしても袁紹の魂の溝は埋まらないだろう。


(何とかせねば……)


 曹操はすぐにでも助けに入りたい衝動を抑えて、考えを集中した。


 裏の袁紹を力ずくで怪物からひきはがすのは、簡単だ。

 しかし、それでは裏の袁紹の心まで救うことはできない。

 依存していた父を倒された時点で、裏の袁紹と表の袁紹の間に埋められない溝ができるかもしれない。


  ならば、どうすればいいか?


 裏の袁紹が救いを求めるのを、何か別の対象に移すことができれば……。

 そう結論を出すと、曹操はごくりと唾を飲んで剣を握り直した。


「袁紹、邪魔をするぞ!」


 容赦なく攻撃をかける表の袁紹と怪物の間に入り、表の袁紹の剣を阻む。


「何をする曹操!?」


 表の袁紹は、目を丸くした。

 まさか、親友に仇討の邪魔をされるとは思わなかったのだ。


 それでも刃を納めない表の袁紹に、曹操は叫んだ。


「もう自分を傷付けるのはやめろ!

 これは、大切なおまえの一部なのだぞ!」


 それを聞くと、表の袁紹の瞳が揺れた。

 しかし、次の瞬間曹操の視界にもっと大きな振動が走った。


 怪物が、後ろから曹操を蹴り倒したのだ。


「げっひゃっひゃっひゃ!

 やはり下々ノ者は考えがアサい」


 怪物が、にんまりと下卑た笑みを浮かべる。

 しかし、裏の袁紹の目には少しだけ生気が戻っていた。

 わずかに自我の戻った目で、曹操を見下ろす。


「曹操……わ、たし、を……助けて、くれるの……?」


 怪物がここぞとばかりに踏みつけてくるのをどうにか避けながら、曹操は優しく答える。


「ああ、おれがおまえを助けてやる。

 こんな奴に頼らなくてもいい、おれはおまえの親友なんだぞ!」


 それを聞いたとたんに、怪物ががくりと体勢を崩した。

 裏の袁紹の体が、急に大きく成長したのだ。


 曹操は、地面に寝そべったまま裏の袁紹に手を伸ばす。


「来い、おまえを救うのはおれだ!」


 その瞬間、裏の袁紹の目に光が戻った。

 大人の姿に戻り、手にした剣を怪物の腕に突き刺す。


「ギヒャアアア!!!」


 思わず緩んだ怪物の腕から、裏の袁紹は必死で抜け出した。

 そして、そのまま曹操の腕に倒れ込む。


「曹操!」


 裏の袁紹は、頼るような眼差しで曹操を見ていた。

 どうか自分に救いをと、曹操に求めていた。


  今、裏の袁紹の救いは曹操に切り替わった。


「今だ、袁紹!!」


 曹操の合図とともに、表の袁紹が再び怪物に斬りかかる。

 今度こそ、憎き父の怪物のみに刃を押し付け、積年の怒りとともに切り裂く。


「ギョヒェエエエ!!!」


 耳に障る、濁った悲鳴が辺りに響いた。

 子をないがしろにした父は、人として当たり前の幸せを求める子によって倒され……その身にふさわしい闇の中に戻るように消えていった。


 表の袁紹は、初めて自分を傷付けずに父の怨念にとどめを刺すことができた。

 そして裏の袁紹は、やっと父上以外に自分を救ってくれる人に出会えた。


  曹操が、自分を救ってくれる。


 その安心感は、裏の袁紹を縛っていた父の鎖をふりほどくのに十分だった。

 誰よりも求めた実母へとつながる道を、邪魔する者はもういなかった。

 今回は、曹操が裏の袁紹の救いとなることで袁逢の残渣を倒すことができました。

 憎悪の館を抜けた状態では、裏の袁紹はまだ完全に曹操を信じていなかったので、これで完全に救えたことになります。


 さて、いよいよ次回から最後の館に入ります。

 実母への想いがこもった忌まわしき聖地で、二人はどのような結末を迎えるのでしょうか。

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