袁紹~巡礼の道にて
仕事が忙しくて間が空いてしまいました。
しかし続きはちゃんと投下していきます。
袁逢が袁紹を実の母に会わせぬためにとった卑劣な策略、その本質が明かされます。
「全く、まんまとはめられたものだな」
裏の袁紹は憤りを隠そうともせずに、剣を手にして父の前に出る。
表の袁紹も、嫌悪をあらわにして父をにらみつけた。
色町の入り口で、きらびやかな光が出迎える。
その明かりを背にして、父を投影した怪物は巨大な影のように見える。
袁紹の実の母がこの世を去り、やがて袁紹自身もこの世を去り、その無念と悪夢でもって作り出した世界ですら、父は未だにここを守っていた。
この狡猾な男の与えた傷は、今も袁紹を苛み続けている。
「ゴガアアァ!!!」
父の怪物は、大きく胸を張って吠えた。
生意気な我が子を、黙らせようとでもしているのか。
獣のように自分を大きく見せて威嚇し、大声で怒鳴りつける。
子供を頭ごなしに押さえつけるように、巨体でもって上から見下ろす。
その怪物は、体ももはや人間ではなかった。
人の倍はあろうかと思われる大きな牛の顔。
上半身は筋骨隆々で、足は肉食獣のように折れ曲がり、鉤爪のようにひん曲がったひづめがついている。
そして股間には、まさに男の欲のごとく天を向いて反り返る太い角が生えていた。
(なるほど、これが袁紹の心で見ていた父の姿か……)
曹操は、背中にたらりと冷たいものが流れるのを覚えた。
自分が見ていた父とは、大違いだ。
(なるほど、これでは助けにならぬ訳だ。
特に表の袁紹にとっては……)
さっきの館で、表の袁紹が父に望みを失っていた理由が分かった。
成長し、名家に苛まれるようになった袁紹にとって、ずる賢く自分を操る実の父は悪夢でしかなかったのだ。
実の母に会いたいと切望する若き袁紹にとって、この袁逢はどうやっても倒せない人知の及ばぬ怪物だったのだ。
己の欲のために、容赦なく子の願いを踏みつぶす。
まるで人の感情を解さず、貪り食らう化け物に見えていた。
いや、そんな袁逢自身の醜さが投影されているのだろうか。
表の袁紹が、悔しげに歯ぎしりをして言った。
「考えてみれば当然のことだ。
名家として誰よりも大切に扱われているおまえや継母と比べて、母が廓で同じようないい食事や手当てを受けられるとは思えぬ。
わしの母が先に死ぬことも、貴様の計算のうちだったのだな!」
その形相には、気づけなかった悔しさがにじみ出ていた。
袁紹も袁成の館に移ってからは、名族として大切に扱われていた。
まだまだ子供で世間知らずだったその頃の袁紹は、身分によって寿命まで違うということまで考えが回らなかったのだ。
いや、心の底で気づいてはいたが、考えるのが怖かったのかもしれない。
深く考えてしまったら、自分の命そのものの価値が崩れてしまうから。
身分が卑しいということは、病気になっても満足な治療を受けられないことに直結する。
袁逢はそれをよく知っていて、袁紹の抵抗を一時的に封じて時の流れに身を任せたのだ。
何もしなくても、あの娼婦が先に逝く可能性は高い。
それが普通に現実になれば、こちらの勝ちだ。
そして、それはごく自然に現実となった。
さらに、自分が死ぬまでその死を隠して、袁紹をいいように操り続けた。
「どこまでも、下衆なやり方だな。
反吐が出る!」
曹操も、眉間に青筋を立てて吐き捨てた。
こんなものを、父と呼べるものか。
曹操は、温かかった自分の父に思いをはせた。
自分を心からかわいがり、失敗しても優しく受け止め、のびのびと育ててくれた父。
本当の家族とは、そういうのをいうのだろう。
「貴様のようなのは、父親失格だ!」
二人の袁紹の間に、曹操も進み出る。
袁紹と同じように、愛用の名剣を抜いて怪物と対峙する。
ひるまぬ子供に苛立ったのか、怪物が低い濁声を発した。
「……しくジッタか、あの女め……!」
怪物は、ごうごうと嵐のような咆哮を上げた。
周りの空気が、びりびりと震える。
「所詮、女にハ任せラレぬか。
あの、役立たズガアアァ!!」
怪物は、鬼の金棒のように棘のついた棍棒を振りかざした。
これで聞かん坊を打ち据え、言う事を聞かせようというのか。
そして、再び心を折って袁家の支配下に置こうというのだろう。
だが、もうそんな脅しには屈しない。
今こそ、この卑劣な父親に鉄槌を下す時だ。
二人の袁紹、そして曹操の三つの刃が傲慢な父に向かった。
悔恨の館で、表の袁紹は袁逢に望みを失っていました。
それは、この袁逢が狡猾に実の母を取り上げたからです。
自分は好き勝手に女で遊んでおいて、家庭を壊さないという大義名分のもとにその女と子供の心を踏みにじる。今も昔も、地位と権力をもった男にはよくいるタイプでしょう。