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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~巡礼の道にて(3)

 袁逢が隠れて向かう場所、それは袁逢の公にできない過去が隠された場所です。

 そして、袁紹と袁逢の本当の関係も公にできないものです。

 袁紹と袁逢をつなぐ、公にできない存在……それをかぎつけて、袁紹は執念を燃やして袁逢を尾行したのですが……。

「伏せろ!」


 突然、表の袁紹が曹操の頭を押さえた。

 昔のように、二人で寄り添って地に伏せる。


 にわかに、のしのしと重たい足音が響いてきた。

 わずかに浮かび上がる建物の陰から、何か大きなものが歩み出てくる。


  辺りに、男の加齢臭をさらに濁らせたような臭いが満ちた。


「父……か」


 曹操がひそかに問うと、表の袁紹は憎らしげにうなずいた。


「ああ、正確にはわしの父への恐れと憎しみだがな。

 わしがあそこに自由に行けるようになっても、まだこの道を見張っている」


 それは、普通の人間よりだいぶ大きな体をしていた。

 頭には角のような突起が見え、獣のように荒い鼻息を鳴らしている。


  少年であった袁紹には、父がこんな風に見えたのだろう。


 曹操と袁紹は、ひたすら息を殺してそいつが去るのを待った。

 そして、そいつが背を向けて歩き出すと、再びそいつを追いかけた。


 街を抜け、真っ黒な森を横切り、明かり一つない田舎道を通って、どんどん実家から離れていく。

 再び森に入り、さらにそこを抜けると、目の前に華やかな明かりが現れた。


「ああ、思い出した……やはりここだったか」


 曹操は、感慨深げにその街を見つめた。


  かつて、袁紹と何度となく辿った道。

  その果てにある、希望とは違ったまばゆい光。

  袁紹が執念の果てに見つけ出した、大切な場所。


 そこは、きらびやかな楼閣が立ち並ぶ色街だった。



「ああ……やっと……やっと見つけられた!」


 この色街を初めて目にした時、若き袁紹は涙した。

 曹操は、そんな袁紹をぽかんと口を開けて見ていた。


「あの場所って……廓かよ!」


 あの真面目で、浮ついた事を許されない袁紹がこんないかがわしい場所を渇望していたなんて……曹操には、ひどく意外だった。

 しかし、それは誤解であると曹操はすぐに知ることになる。


 この街にたどり着いた袁紹は、つかつかと後ろから父に歩み寄り、乱暴に背中を叩いた。


「見つけましたよ、叔父上……いえ、お父上」


 いつもの袁紹とはうって変わった、低く太い声音で呼びかける。

 とたんに、袁逢は肝をつぶしたように飛び上がった。


「うわあぁ!?

 ほ、本初……なぜここに!?」


 不自然なほど驚いて動揺する袁逢に、袁紹はさらに詰め寄る。


「お父上が隠したいものなど、私はお見通しです。

 いるのでしょう?

 ここに、私の母上が!!」


 その瞬間、袁逢の顔色が暗闇でも分かるほど白くなった。

 それを見て、曹操の疑問は瓦解した。


  袁紹は、本当の母親に会いたかったんだ。


 噂には聞いていた、袁紹の本当の母親。

 袁逢が妻を差し置いて夢中になり、妻より先に孕ませてしまった娼婦。

 しかし、彼女の居場所は分からなかった。


 袁家の恥を嫌った家の重鎮たちが隠していたのか、袁逢自身が妻から彼女を守りたかったのか、それとも袁紹をそこから引き離したい継母が隠してくれと頼んだのか……。

 正確な理由は分からない。

 ただ、彼女の居場所につながる情報は巧妙に隠されていた。


「いい気なものですね、お父上。

 息子にすら会うのを禁じたくせに、自分はせっせと廓通いですか?」


 袁紹は、うろたえる袁逢に氷のような笑みを浮かべて歩み寄る。


「私がどれだけ母上に会いたかったか、父上にも分かっているはず。

 これ以上隠すなら、この私が己をネタにお父上を失脚させてもいいんですよ?」


 袁紹は、完全に目が据わっていた。


 しかし、袁逢もそう簡単には折れてくれない。

 脂汗の浮いた額を拭いながら、子供を諭すように言いくるめようとする。


「いや、しかしだな本初……おまえを名家の子にしてやったのは、わしなのだぞ?

 娼婦の子としてお天道様の下を歩けずに終わるかもしれなかったところを、わしのおかげで今こうして栄光の道を歩んでいるのだ。

 それに、おまえの母親だって、おまえが汚名をかぶるのは望んでなどおらぬ」


 自分の都合でそうしたくせに、あたかも自分が袁紹を救ったような物言いで、母を求める子の想いを煙に巻こうとする。

 これには、曹操も胸の奥からこみ上げる怒りを覚えた。


  こんな奴に、袁紹を踏みにじられてたまるか。


 曹操はさり気なく袁紹に寄り添い、意地悪く笑って言った。


「へえ、でもおれが噂を流したらどうなるかな?

 関係ないところから出てきた噂の方が、人は疑いを持つ。」


 そう言ってやると、袁逢はますます顔色を失った。


 これが好機とばかりに、曹操と袁紹は二人で袁逢を追い詰める。

 息子と外の人間という二つの立場から、袁逢を脅して母のもとへ案内するように迫る。


  お互いの立場と持てる手段の全てを組み合わせて、袁逢に立ち向かう。


 結果、家の名を汚さないことを条件に、袁逢は袁紹が母親に会うのを許してくれた。

 この袁逢という男もまた、自分が家の名を汚すことを許されぬ人間だったのだ。


「分かった、母親の居場所は教えてやる。

 ただし、会うには条件があるがな!」


 その答えを聞いた時、曹操と袁紹は手を取り合って喜び合った。

 自分たちは、二人の力で勝利をもぎ取ったのだと。


  井戸の底に映る空を、本当の空だと勘違いして。


 結論を言えば、二人はその条件を受けた時点で袁逢に敗北していた。

 二人なりに一生懸命頑張って得た勝利も、本当はまだ袁逢の手の内だったのだ。


  そして、条件を満たすまでと時を流され……

  気が付いたら、袁紹は奈落の悪夢に突き落とされていた。

 これまで、袁紹はずっと本当の母親に会えないと思って暮らしてきました。

 その長い絶望の暮らしは、袁紹の勝利に対する閾値を下げてしまいます。

 つまり、少しでも希望ができれば、袁紹はそれを勝ち取ったと錯覚してしまうのです。


 狡猾な袁逢が袁紹に課した条件、そして純粋な子供の希望の結末は……次回、最後の悪夢が明かされます。

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