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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~回想の汝南にて

 何かに惹かれるように隠れてどこかに行こうとする袁紹を、曹操は好奇心のままに追いかけてしまいます。


 袁紹は、一体どこに行きたかったのでしょうか。

 そして袁紹が誰にも知られたくなかった、その理由とは……。

 かつて、曹操が袁紹を追いかけたのは、決まって月のない闇夜だった。


  袁紹は、闇が好きな訳ではない。

  空に透かして見なければ影も見えないような暗闇を、すき好んだのではない。


 だが、袁紹がその行動をとったのは決まって闇夜だった。

 むしろ相手の顔も見えないような黒一色の夜を選んで、その秘密の道をたどった。


 それが何のためなのか、ある時曹操は知ることになる。


「伏せろ!」


 いつものように袁紹をつけていた曹操は、角を曲がろうとしたとたん急に頭を押さえつけられた。


「誰……!?」


 相手を問うひまもなく、口を塞がれる。

 星の明かりでわずかに見える輪郭は、自分と同い年くらいの体つきだった。


「私だ、とにかく静かにしろ。

 動くな!」


 耳元に吹き込まれた声で、それが袁紹だと分かった。

 しかし、いつもの袁紹ではなかった。


  袁紹は、いつになく身を固くして緊張していた。


 息を殺していても、押えきれない荒い吐息が漏れてくる。

 敵を察知した獣のように、神経を集中させて地に伏せている。


 と、その張りつめた空気をかき乱すように何者かの足音が近づいてきた。


  ザク、ザク……


 曹操は袁紹に押えられたまま、自分も必死で息をひそめていた。


 にわかに、曲がり角の向こうからぬっと人影が現れた。

 大きな影とわずかな酒の臭いで、それが大人なのだと分かる。


  その影は、ぐるりと辺りを見回した。


 それがこちらを向いてからまた向こうに向き直るまでの時間が、曹操にはとてつもなく長く感じられた。


  これは一体誰なのか?

  見つかったら、一体どうなってしまうのか?


 下手に逃げることはできない。

 曹操と袁紹は闇に身を溶かすようにして、その時間を耐えるしかなかった。

 動きたくとも動けない、悪夢のような息苦しさ……曹操は袁紹と共に、それをやりすごした。


 そいつが行ってしまうと、袁紹は額の汗を拭ってふっと息を吐いた。


「もう大丈夫だ、起きていいぞ」


 二人分の体温で生暖かい空気の中、曹操はようやく解放されて大きなため息をついた。

 そして、その吐息が終わらぬうちに言葉を混ぜて袁紹に詰め寄る。


「おい、あいつは何なんだよ!?

 おまえ、一体何を追ってるんだ?」


 曹操は自分が勝手に追ったことを棚に上げて、袁紹に聞いた。

 すると、袁紹は一瞬思案するように目を反らしたが、すぐに曹操の方に向き直って答えた。


「父上だ」

「は?」


 曹操は、袁紹の言った意味が分からなかった。


  なぜ、袁紹が父を尾行しなければならないのか?

  父に見つかることが、なぜそんなに恐ろしいのか?


 曹操が困っていると、袁紹はもう一言、付け足した。


「私の、本当の父上だ」


 それで、曹操の疑問は半分くらい解けた。


 袁紹の本当の父親、それは今は袁紹の叔父ということになっている、袁逢だ。

 袁紹の本当の親子関係を人目に晒すということは、袁紹の本当の生まれを他人に悟られる危険を生む。

 だから、こうしてこっそりついて行くのがいいのだろう。


  しかし、それで全ての疑問が解ける訳ではない。


 親子関係を伏せておきたいとはいえ、袁紹と袁逢は親戚なのだ。

 ただ一緒に出歩きたいなら、ここまで隠す必要はないのではないか。


 そんな曹操の疑問を見透かすように、袁紹は声をひそめて言った。


「しょうがない、おまえも一緒に行こう。

 二人で、父上を追いかけるんだ!」


 袁紹は少し渋い顔で、しかし曹操を頼りにするようにつぶやく。


「二人の方が、うまく父上を追えるかもしれない。

 そして、あの場所へ行くんだ……」


 その向かう場所がどこなのか、曹操には見当もつかなかった。

 しかし、袁紹はすでに確信を持っているようだった。


 それから二人は、今度は息を合わせて袁逢を追跡するようになった。

 袁紹がその気配を察知すると、曹操が家にアリバイを頼み、二人で秘密の尾行を始める。


  袁紹は、本心では曹操にも知られたくなかったのかもしれない。

  だが、曹操の好奇心の強さと要領の良さはよく知っている。

  下手に拒んで邪魔をされるよりは、仲間に入れてしまえと思ったのだろう。


 そんな袁紹の信頼が、曹操には心地よかった。

 心許せる友との秘密……少年にとっては何にも代えがたい宝物だ。


 実際、曹操と二人でするようになってからそれほど時を経ずして、袁紹は目的地にたどり着いた。


  袁逢が、誰にも知られずに通っていた秘密の場所。

  袁紹が、自ら周囲を欺いてまで渇望した約束の地。


 それは、今も空気のように透明に袁紹を包んでいる、静かな悪夢の始まりだった。

 袁紹の実父、袁逢はこれまでに何度か名前が出てきています。

 袁逢は、裏の袁紹(非常に幼い頃)にとっては頼るものでしたが、表の袁紹にとって助けにはなりませんでした。


 むしろ少し大きくなってからの袁紹は、袁逢に不信感を持ってすらいました。

 そんな袁逢が、袁紹に隠していた秘密の場所とは……闇夜の道が、最後の館につながります。

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