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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~巡礼の道にて(1)

 ようやく、悔恨の館が終わって次の館に向かいます。

 さすがに悔恨の館はちょっと長すぎたと反省しております。

 すでに辛毗でクリア済の館をどんだけ引き延ばすんだよって……。


 しかし、次の館は誰もクリアしていません。舞台は、袁紹の悪夢をこめた三つの館のうち、唯一未踏破で残されていたあの館に移ります。

 さらさらと、ひんやりとした白い霧が流れていく。

 悪夢の業火で火照った体をその霧で冷ましながら、曹操と袁紹は館を出た。


 空は、館に入る前よりいくぶん明るい。


  霧が薄まり、遠くにある建物の影が透けて見える。

  透明度を増した霧を貫いて、太陽の淡い光が届く。

  さっきまでどこかから聞こえていた獰猛な唸り声は、もう聞こえなかった。


 その霧をまとって、裏の袁紹が佇んでいた。


「ほう、やるではないか!

 見直したぞ、曹操」


 歯に衣着せぬぶしつけな言葉で、曹操を迎える。

 曹操の手は、表の袁紹とつながれていた。


「……おまえの言う通りだったな、本初よ。

 曹操は、わしを捨ててはいなかった」


 先に救われたもう一人の自分に、表の袁紹は恥ずかしそうに言う。


「やはり、おまえの方が素直に友を信じられるのか。

 わしは所詮、あの三人目の母から生まれたきれいごとの塊に過ぎぬ」


 表の袁紹は、どこか悲しそうな顔をしていた。

 いかに今は主人格となっていても、本来の自分である裏には負い目を感じているのだろうか。


 だが、裏の袁紹は軽く首を振って言った。


「違う母もいる、その程度だろう。

 だいたい、私もおまえも、本当に心から慕う母は一人ではないか」


 その言葉に、曹操ははっと息を呑んだ。


 思い出した、袁紹の母は三人いる。


  二人目は、袁紹を邪険にしていじめ抜いた袁術の母。

  三人目は、袁紹に己の鎖を押し付けた袁成の妻。

  そして一人目は、袁紹をこの世に生み出した本当の母。


 袁紹は人生のほとんどを前者二人と共に過ごした。

 袁紹の心と悪夢は、ほとんどが前者二人によって作られた。

 しかし、本当の母は確かにいつも袁紹の心の中にいた。


 曹操は知っている、袁紹が表面上は関係ないような顔をしておいて、内心どれだけ本当の母を想っていたのかを。


「会いに……行くのか?」


 曹操が尋ねると、二人の袁紹は一瞬すさまじい怒りの表情になった。

 人でないものを見るような目で、曹操の顔を焼き焦がすようににらむ。


 曹操は、己の失言に気づいて口を押えた。


(いかん、うかつだった!

 袁紹は誰よりも、あの母のことを……!!)


 曹操は慎重に口を開き、謝った。


「すまぬ、軽率だった。

 行くのだな、おれも場所は分かっている」


 すると、二人の袁紹はふっとほおを緩めた。


「当たり前だ、私のたった一人の母上なのだ。

 おまえが覚えていてくれて、嬉しいぞ」


 表の袁紹が、曹操の手をくいっと引っ張る。


「思えば、おまえはあの時も誰より早くわしを見つけてくれたな。

 ならば話は早い、今度は共に母上のところに行こう」


「ああ……そうだな、邪魔をさせてもらうとしよう」


 曹操は素直にうなずき、表の袁紹に手を引かれて歩き出した。


 表と裏、二人の袁紹は曹操の目の前にいる。

 だが、これで終わりではない。

 袁紹は二人だが、母親は三人いるのだから。


(考えたら、当然か。

 袁紹が帰る場所は、あれらの屋敷だけではない)


 二人の袁紹に導かれながら、曹操は昔を思い出していた。


  二人とも成人し、立派な官僚としての道を歩み始めた頃。

  袁紹が袁家の当主候補として、輝かしい軌跡をたどり始めた頃。


  周りの期待と重圧を振り切って、袁紹はどこに逃げた?


 袁紹は二人だが、悪夢は二つではない。

 今から訪れる場所の呪縛は、両方が持っているものなのだから。

 母の数だけ、帰る場所があり、悪夢は存在する。


 見通しの良くなった霧の中、二人の袁紹は曹操を最後の悪夢に誘う。

 未来の見通しがちょうど明るくなった頃の、悲しくも美しい思い出の中へ。


  思い出の中にすら存在しない、儚くも恨めしい聖域へ。



 歩き出して間もなく、曹操は視界の隅で蠢く何かに気づいた。


 自分の腰くらいの人影が、たった一人ちょろちょろとうろついている。

 それは影のように真っ黒で、よく見れば向こう側の光が透けているようだった。


(新手の怪物か?

 今までの場所にはいなかった……)


 曹操の警戒をよそに、袁紹は全く気にせず歩き続ける。

 そんな袁紹をいざとなったら守るつもりでそいつの側を通り過ぎた時……にわかに、小さなあどけない声が聞こえた。


「父上はどこ?母上はどこ?」


 見れば、子供の影が真っ黒な顔をこちらに向けていた。


 曹操は襲ってくるかと身構えたが、その必要はなかった。

 影は、再び興味を失ったようにちょろちょろとどこかへ行ってしまった。


(何だったのだ?)


 曹操は首をかしげたが、もうその影はどこにも見えなかった。

 ただただ白い霧ばかりが、曹操の視線をくらますように濃淡をつけて流れていた。

 袁紹の悪夢は、これまで表と裏の二つの視点から描かれてきました。

 しかし、二人は同じ母から生まれた者として、もう一つ同じ悪夢を共有してもいるのです。


 順調な道を歩み始めた若い袁紹が、不意に囚われて出られなくなった悪夢とは……。

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