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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~束縛の間にて(7)

 さて、悔恨の館もいよいよ最終話です。

 母の幻影の最後の抵抗には、二人だけでは抗えません。


 二人だけでどうにもならない場合の運命を決めるのは、これまでに築かれてきた周囲の力なのです。

  はらはらと、金色の火の粉が舞い落ちた。

  みしみしと、何かが折れる音が聞こえる。


 次の瞬間、曹操と袁紹をかばうように燃える柱が倒れ掛かった。

 向かってきた鎖と分銅が、その柱にぶつかって食い込む。


「な、何と……!」


 曹操も袁紹も、信じられない面持ちでそれを見ていた。


 ずっと燃やされ続けた柱が、火に耐えきれずに折れたのだろうか。

 めらめらと炎をまとった柱が、鎖と分銅を受け止めて沼に沈んでいく。


「イヤ……嫌よ、ワタクシは……本初を……!」


 沼から伸びている鎖が、ふりほどこうとするようにもがいた。

 だが、鎖はほどけない。

 その柱には有刺鉄線がびっしりと巻き付いていて、鎖を逃さぬようからめとっているのだ。


  お父上、お幸せに。


 どこからか、声が聞こえたような気がした。

 それは少し袁紹に似て、若く愛情に満ちた声だった。


「……譚!?」


 ようやく沼から抜け出した袁紹は、背後を振り返って目を見開いた。


  袁譚が、いた。


 いや、袁譚を思うあまりそう錯覚したのかもしれない。

 だが、その柱には有刺鉄線で何かがくくりつけられているように見えた。


  棘だらけの鉄線に巻かれ、磔にされた塊。

  ごうごうと燃え上がる炎の中で、責め苦に身を焦がす。

  よく見れば、それは焼かれる人間のようで……。


 にわかに、それがこちらを向いた気がした。

 夢か幻か、その頭に袁譚の顔が重なる。


  どうか、幸せになってください。

  私の愛しいお父上。


 あかあかと燃える炎が、沼から生えた黒い手を焼きつくしていく。

 妄執の鎖をその身に巻き付けたまま、もろとも奈落へと沈んでいく。


 女の声は、叫んだ。

 どうにかして逃れようと、鎖ががちゃがちゃと音を立てる。

 だが、鎖は頑として外れない。


  袁譚が、微笑んだように見えた。


「祖母上の心は、私が一緒に連れて行きます。

 最期まで改まらなかった者同士、一緒に責め苦を受けましょう」


 一瞬、沼の底で袁譚が母を抱きしめたように見えた。


 バキバキっと大きな音を立てて、柱が沼に吸い込まれて行った。

 とたんに部屋中に絶叫が響き渡り、それがしぼんでいくにつれて、沼も小さくなり消えていった。


「譚よ……!!」


 可愛い息子の最後の親孝行を、袁紹はただ見ていることしかできなかった。



 部屋に、光が満ちた。

 そこは、もう血塗られた悪夢ではなかった。

 薄暗く整った、子供部屋に戻っていた。


 曹操と袁紹は、放心したように寄り添っていた。


「終わった……のか……?」


 曹操が、腑抜けたようにつぶやく。

 袁紹は、うつ向いたままうなずいた。


「ああ、ここの悪夢は終わりだ。

 育ててくれた母上も、育てた譚も、皆私のもとから去って行った……」


 袁紹は、悲しそうに目を閉じた。


  間違ってはいたけれど、袁紹を守ろうとして育ててくれた母上。

  偽りではあったけれど、袁紹に光ある日々をくれた袁譚。

  闇が拭われたこの世界から、もう彼らの気配は感じられなかった。


 袁紹は、そっと曹操の手を握った。


「ありがとう……と、言えば良いのか。

 こんな所まで、私を助けに来てくれて」


 曹操も、袁紹の冷たい手を温かく握り返す。


「そうだ、そうやって素直に言い合えてこその親友だろう。

 友達なのだから、威張る必要もへりくだる必要もないのだ」


 それを聞いて、袁紹は穏やかに微笑んだ。

 その目には、新たに知った付き合いの形を前にして、喜びが満ちていた。


 今の曹操には分かる。

 袁紹は結局のところ、対等な付き合い方ができなかったのだ。


  幼少の頃は、袁術の館でいじめ抜かれて蔑まれて育った。

  叔父の養子になってからは、名家の当主として人の上に立つことを叩き込まれた。

  袁紹の中には、その両極端な選択肢しかなかったのだ。


「悪かった、おまえのことを誤解していて。

 おまえはおまえなりに、おれのことを大切に思っていたのだな」


 曹操の素直な謝罪に、袁紹は嬉しそうにはにかんだ。


「私の方こそ、無知だった。

 自分がおまえにどんな思いをさせたのか知ろうともせず、猜疑心に身を任せた。

 私が少しでもおまえの身になって考えれば、あのような空虚な悪夢に溺れることはなかったかもしれぬ」


 曹操と袁紹は、今度こそお互いの手でつなぎ合っていた。

 辛毗の残した鞭は、それを見届けて安心したように消えてしまった。


  そうとも、もう二人に余計なつなぎは必要ない。


 ただ、袁紹はもう一度だけ部屋の中央に目を向け、悔しげに漏らした。


「母上も、私と同じ……悪意はなかったのだ。

 できれば、母上と譚の気持ちも、この世に残った分だけでも救ってやりたかった……」


 それを聞いて、曹操は自分が怒りのままに母の首をはねてしまったことを思い出した。

 もう少し、気づくのが早ければ……あの哀れな母親のことも救ってやれたかもしれない。


「すまぬ……」


 袁紹は救えた、しかし一人の力では不可能だった。


  辛毗の助けがなければ、袁紹と手がつながることはなかった。

  袁譚が身代わりにならなければ、あの母の妄執からは逃れられなかった。


 もし曹操があの母をも理解して受け止めてやれたなら……母も袁紹を道連れにしようとはしなかっただろう。


 悪夢は断ち切った。

 しかし、犠牲の多い勝利だった。


「ありがとう、譚。

 父は、きっと救われて……いつか再び、会えるとよいな」


 親子二代で使った机を振り返り、袁紹はそっと手を合わせた。


「行こう」


 曹操と袁紹は、手を取り合って玄関へと歩いていった。

 この館の決着は、ゲームでいうとノーマルエンドの位置づけです。

 曹操は救うべき人を一人救えませんでしたが、前のプレイヤーである辛毗と袁譚の残したものが助けてくれました。

 曹操が母の幻影を救える→袁譚が身代わりになることなくグッドエンド

 曹操が袁紹の気持ちにすら気づかないor辛毗が真実を受け止めきれず袁紹を倒して脱出してしまっていた→バッドエンド

 という流れを想定して書いていました。

 しかし世の中グッドエンドになることはそう多くありません。というか、やっぱりグッドエンドは苦手です。

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