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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~悔恨の館にて(6)

 袁紹の暴走は、袁譚の手紙で止めることができました。

 しかし、それで曹操への攻撃が止む訳ではありません。


 敵はまだ、一人残っているのです。

 曹操がこれから向かう、鍵となるあの部屋の主が……。

 館の中は、さっきより荒廃が激しくなっていた。


  床は板がところどころ剥げて、金網に変わっている。

  天井はその姿を失い、果てしない闇の空間に梁と柱が伸びているばかりだ。


 その押しつぶすような暗闇の中を、曹操は走った。

 全く光がない訳ではない。

 禍々しい赤い光が、館の全てを血塗られたように映し出している。


 それでも、曹操が迷うことはなかった。

 目的の場所は分かっているし、邪魔もさせない。


「どけ!!」


 廊下には怪物がいたが、曹操は恐れずに突進して敵が動く前に切り払った。

 ぼたぼたとまき散らされる体液と体の断片を横目に、疾風のように走り抜ける。


  構っている暇はない。

  今は、一刻も早く袁紹にあの手紙を持ち帰らなければ。


 あっという間に、曹操は目的の部屋……三人目の母の部屋にたどり着いた。


「よし、これで手紙を……!」


 机の上にある花瓶に、手を伸ばす。

 しかし次の瞬間、曹操は殺気を感じて本能的に身を引いた。


 びゅっと風を切って、何か黒いものが曹操の眼前を走る。


「本初は……渡さナい!」


 怒りと執念に満ちた声が、入り口の方から聞こえてきた。

 闇のなかにゆらゆらと現れたそれは、この部屋の主の幻影だった。


  ゆらゆらとうねる手の中に、何か真っ直ぐに垂れているものがあった。

  彼女がそれを持ち上げると、チャリチャリと無機質な音がした。


 袁紹の母の幻影が、曹操を追ってきたのだ。


(そうか、ここは奴の部屋だったな!)


 曹操は花瓶をかばうように、怪物と対峙した。

 怪物はチャリチャリと鎖を弄びながら、曹操にじりじりと歩み寄る。


「この無礼者……ワタクシの本初を、よくも裏切ってクレたわねエ!」


 どうやら、彼女はまだ袁紹にご執心らしい。

 曹操は苦笑して、言い返す。


「裏切ったのではない、天下への道に沿って生きただけだ。

 そしてその道が、袁紹の求めるものと一緒には叶えられなかった。

 俺は、袁紹への友誼を忘れた訳ではない」


 もう一つ、言いたいことがある。


「それに、無礼だったのは袁紹ではないか。

 あのように頭ごなしの命令は、友のすることではなかろうが!」


 それは、戻れなくなった決裂のきっかけ。

 洛陽で、袁紹に止められた時のこと。


  黙りなさい、総大将は私だ!


 あの一言が、曹操はどうしても気に食わなかった。


 そもそも、董卓討伐連合軍の結成を呼び掛けたのは自分だし、袁紹を総大将に推薦したのも自分ではないか。

 それを初めから自分が選ばれたような顔をして、尊大にも程がある。

 あの瞬間、曹操はカチンと頭に来て意地でも従うまいと思ってしまったのだ。


  今どんなに苦しんでいようと、原因は袁紹の方ではないか。

  友情を再び結ぶとしても、袁紹がそれを謝るのと引き換えだ。


 曹操が言い放つと、怪物はヒステリックな叫び声を上げた。


「キイイイィ!!!

 宦官の孫ごとキが、本初に指図スンじゃないわヨオオ!!」


 耳をつんざくような鋭い声……しかし、この女なら想定の範囲内だ。

 この女は、袁紹を人の上に立たせるために育ててきたのだから。


 怪物はふうふうと息を荒げて、カチャリと鎖を持ち上げた。


「おまえに、コレの重さが分かるモノか!」


 低く煮えたぎるような声でつぶやいて、怪物はその鎖を放り投げた。


「くっ!?」


 次の瞬間、曹操の顔があったところに黒い分銅が打ち込まれる。

 鎖の先には、重量のある分銅がついていたのだ。


 曹操はすんでのところでそれをかわした。

 しかし、怪物が鎖を繰ると、戻ってくる分銅が再び曹操を襲う。


「コレは、そんな剣では切れナイわよ!」


 曹操にも、それは分かっていた。


  いくら名剣とはいえ、あの鎖は太すぎる。

  それに、剣が耐えたとしても曹操自身の腕が何度もあの衝撃に耐えられない。

  そのうえここは現実ではないのだから、鎖の強さも現実と同じとは思えない。


「ぐっ……袁紹め、手間をかけさせてくれる!」


 曹操はどうにか花瓶を机からかすめ取ると、三方を囲まれた机の下に置き直した。

 ここならば、そう簡単に壊されることはない。


「親子ともども不遜な輩だ。

 ならば大本から躾直してやる!」


 口ではそう言いながら、曹操はまだ理解していなかった。

 袁紹の無礼の本当の犯人は、今目の前にいるというのに。

 常に自己責任の考えで生きてきた曹操には、考え付くべくもなかった。


  怪物の手の中で、重い鎖がチャリチャリと鳴る。


 その鎖は、怪物の皮膚を破って体を拘束するように生えていた。

 その重さをぶつけるように、怪物が鎖を振りかぶった。

 辛毗の手紙を解放して袁紹を救おうとする曹操を、三人目の母の幻影が執拗につけ狙います。

 そして曹操の方にも、まだ袁紹へのわだかまりは残ったままでした。


 かつて袁紹が曹操に働いた無礼……その本質はどこにあるのでしょうか?

 ヒントは「人の上に立つ」「躾」「鎖」です。

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