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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~束縛の間にて(4)

 曹操は、ここに来てようやく袁紹と袁譚の確執を知ります。

 そして、それは前の館で曹操が気になったとある現象へとつながっていきます。


 袁紹と袁譚、望みを失った父と息子の関係は、何の答えになっているのでしょうか。

 逃げ場を失った曹操に、袁紹は猛然と襲い掛かる。


  有刺鉄線に足を掻かれ、炎に触れて焼かれようとも、止まらない。

  止める気もない。


 もう袁紹は、己の命すらも気にしていなかった。

 いや、気にする必要は元々ない。

 すでに、死んでいるのだから。


「大丈夫だ、曹操……おまえも、じきにわしと同じになる」


 袁紹が、悲しげにささやく。


「おまえはここで死んで、わしと同じ幽霊になるのだ。

 そして、わしが辛毗に救われた暁には、たった一人でこの世を彷徨うことになる。

 誰にも気づかれぬ、救われぬ亡霊となるのだ!」


 袁紹が大きく振りかざす剣を、曹操は危ういところで受け止める。

 そうして至近距離で組み合っていると、袁紹の狂気に満ちた表情が間近に見える。


  その目には、強く生きる曹操への嫉妬が滲んでいた。


「そうだ、おまえにはまだ生きた息子たちがいたな……。

 わしにはもうおらぬが……まあよいではないか、父がいてもいなくても、息子の行く末など変えられぬ」


 袁紹は、完全に失望した暗い目をしていた。


「わしの父は、二人ともわしを助けてなどくれなかった。優しそうなふりだけして、結局息子の救いになどなることはできぬのだ。

 そして、わしも同じだ」


 袁紹の瞳が、涙でかすかに揺れた。


「わしがいくら手を尽くしても、譚を救うことはできなかった!

 所詮、父などという存在では他人の悪意や母の呪縛には打ち勝てぬ。

 父親など、無力なものだ……」


 袁紹が話し終えた一瞬の隙を狙って、曹操は袁紹の剣をそらす。


 袁紹は勢い余って前につんのめったが、母の怪物が黒い手で支えた。

 強引できびきびとした手つきで、袁紹を立ち直らせる。


「ダイじょうブ、母が守ってアゲますからネえ……」


 母は、確かに袁紹を縛る。

 しかし、同時に守ってもいる。


  特にこの三人目の母は、ある意味で袁紹の心の支えになっていたのだ。


(そういうことか……!)


 今の袁紹の言葉で、曹操はようやく気になっていたことが分かった。


 袁紹は、自分の経験から父親など役に立たないと思っている。

 だから前の館にもこの館にも、父親の痕跡がほとんどないのだ。


  前の館には、隠されてはいたがあった。

  しかし、この館に養父の袁成の影は全く見当たらない。


 袁紹が、父親の存在を無意味だと思っているから、この悪夢に父親は存在しないのだ。

 裏の袁紹はそれでも父親に助けを求めていたため袁逢の絵があったが、表の袁紹は袁成に完全に望みを失っている。

 そこに袁譚のことが重なったため、さらにその失望が強くなったのだろう。


  父は、息子の自分を救えなかった。

  自分は、父として袁譚を救えなかった。


 そこで、曹操は気付いた。


(この袁紹に、父の助けは届かぬ。

 しかし、息子ならば……!)


 曹操は霧に包まれたこの館を探索中、何を見たか。


  かつて、袁紹が使っていた子供部屋。

  袁紹とは趣の違う、生まれながらに名門の子供の部屋。

  そして聞こえてきた、袁紹に似るがどこか違う声。


 あれは、袁譚の部屋だったのではないか。

 つまり袁紹は、父親のことは完全に消去していても、息子の袁譚にはまだ未練を残しているのだ。


 曹操は袁紹から距離を取ると、懐にある紙に触れた。

 これは、袁譚の部屋に置いてあったものだ。


(これは、俺には読めなかった。

 しかし、袁紹ならば……)


 袁譚から袁紹への手紙であるならば、部外者の自分に読めないのも説明がつく。

 曹操は意を決して、その手紙を取り出した。


「袁紹、これを読め!」


 袁紹を閉じ込めるように包む怪物の手を片手で切り払い、曹操は袁紹に手を伸ばした。

 その手には、例の白紙が握られている。


「おまえの息子からの手紙だ、読んでみよ!」


 とたんに、袁紹の瞳が揺れた。

 やはり、袁譚には未練を残しているらしい。


 怪物がそれを阻もうと手を伸ばしてくるが、曹操は袁紹をかばうようにそれを切り裂いた。


  親子の気持ちがつながるのを、邪魔立てなどさせるものか。


 袁紹は曹操の背後で、ためらいながらも紙を開く音がする。

 そうしてしばらくたって、ふいに背後から落胆した声が響いた。


「何だ、これは……何も書いていないではないか」


(!!?)


 曹操は、驚愕した。

 なんと、その紙は袁紹が見ても何も見えなかったのだ。


  曹操は、自分には読めなくとも何か書いてあるだろうと期待して渡したのだが……。

  そうではなかったようだ。


 袁紹が、苛立ちをあらわにその紙を握りつぶす。


「ふざけるな、何が手紙だ!

 このようなもの、ただの紙屑ではないか!!」


 袁紹は、裏切られた怒りのままにその紙を炎に向かって放り投げたのだ。


「い、いかん!」


 曹操は、慌ててその紙を拾いに走った。


  今は何も見えなくても、何かの拍子に役に立つかもしれない。

  でなければ、なぜあんな場所にこれみよがしに置いてあったのか。


 このまま、焼き捨てられていいものではない。


 曹操は必死で、炎の中から紙を拾い上げた。

 炎は容赦なく燃え上がる、手が焼けるように熱い。

 苦労して拾いだした紙は、すでに端が少し焼け焦げていた。


「……これは……」


 曹操は、そのまだらに焦げた紙を見てはっと気づいた。

 この茶色い焦げは、ただの焦げではない。


 震える手で、慎重に紙を開いた。


  文字が、浮き出ていた。


 不自然にまだらに浮き出た焦げが、文字の形をなしていた。

 曹操は、袁紹から逃げながら、ちらりとそれに目を通す。


<お父上へ>


 その文字のくせを、曹操は知っていた。


  かつて、袁紹亡きあと、袁譚と同盟を結んだ時のこと。

  こんなきれいに整った、しかし筆の勢いを止めきれていない字を読んだ。

  他でもない、袁紹の自称後継者、袁譚の手紙として。


 それは、まぎれもなく袁譚の手紙だった。

 地獄の底からなおも父を慕い続ける、可愛い息子の最期の想いだった。

 紙を火であぶると文字が浮き出るのは、あぶり出しという暗号の一種です。


 曹操はこの手紙を正しく読むために、自ら火の中に手を突っ込む必要がありました。

 これは、曹操のこれまでの傲慢を罰する火あぶりでもあります。

 また、取り返しがつかないところまで罪を犯して地獄で火あぶりにあう、袁譚の苦しみでもあります。

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