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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~悔恨の館にて(3)

 曹操は館の中を進みます。

 しかし、そこで曹操は館の中の違和感に気づきます。


 潔癖で高貴な淑女と、彼女に生み出された名家の袁紹はどのように牙をむくのでしょうか。


 中は、凛と張りつめた空気に満ちていた。

 外のような荒廃した有様ではない、今まさにそこに人が住んでいるかのような雰囲気が漂っている。


 玄関から廊下に踏み入ったところで、曹操は早速怪物たちの歓迎を受けた。


「これは……そうだな、この館ならこれが当然か」


 曹操を出迎えたのは、顔に板を打ち付けられた召使いたちだった。

 手に手に鉈や包丁を持ち、無言で迫ってくる。


  来るな、来るな。

  ここは、おまえのいるべき場所ではない。


 集団でじりじりと寄ってくる怪物たちは、そんな無言の圧力を放っていた。

 門を閉ざされて逃げることもできない曹操を、それならこの世からいなくなれとでも言うように追い返そうとする。


「簡単に出て行く気はない、阻む者は許さぬ!」


 曹操は彼らを押し返すように鋭い眼光で睨み付け、愛用の名剣を向ける。


  元より、怪物に慈悲などない。

  そもそも、曹操は相手が立ちふさがるなら人間であっても容赦などしないのだ。


 先手を取って、曹操は召使いの群れに斬りかかる。

 目がくらみそうな名剣の輝きが、魂のない人型を切り刻む。


  自分を傷つけようとする腕は、必要なかろう?

  道を開けない足も、必要ない。

  自分を不快にするだけの頭と体も、消し去ってやろう。


 腕が飛び、足がもがれ、怪物がどんなにもがき苦しもうと、曹操は眉一つ動かさない。


(おれは、袁紹を助けねばならぬのだ。

 このような邪魔者は、排除するだけだ)


 目的を果たすためならば、敵が犠牲になるのは仕方がない。

 いちいち気にしていては、先に進めないではないか。


 あっという間に召使いの怪物を片づけて、曹操は廊下を歩き出した。

 きれいな廊下に、曹操の血塗れの足跡が点々としみついていく。


  この館の主が嫌う、汚れた足跡が。


 しばらくして、切り刻まれた怪物のもとに新たな怪物が現れた。

 どこにでもいる、同じ召使いの怪物だ。


 彼女たちは少しの間倒れた同胞を眺めていたが、やがて手にした武器を同朋相手に振るい始めた。

 動かなくなった怪物たちを切り刻み、細かい肉片に変えていく。


  無表情に、無感情に、ただ汚物を片づける。


 そして肉片が蒸発するように消えてしまうと、彼女たちは汚れた足跡をたどり始めた。



 曹操は、館の中を見てあることに気づいた。


(この館は、袁紹が幼かった頃の館か……)


 曹操は何度も袁紹の館を訪れているが、これはだいぶ昔の館だ。

 少なくとも、袁紹が成人する前の状態が再現されている。


 袁紹と親友として過ごしただけ、曹操は袁紹の館を訪れた。

 いや、袁紹が大きくなるにつれて、二人は外で落ち合って外で過ごすことが多くなった。

 それでも袁紹が洛陽で官職につくまでは、年に数回はここに来ていた記憶がある。


  名門の嫡子と宦官の孫には、似つかわしくない友情。

  それでも、袁紹が成人するまでは安定して続いていたのだ。


 しかし細かく観察するにつれて、曹操はその館がかつての館と全く同じではないことに気づいた。


 袁紹の部屋の様子が、違う。

 そこは子供部屋ではあったが、曹操の知っている袁紹の気配がなかった。


  代わりに、何か別の気配がそこにはあった。


 不必要なものを置かない袁紹らしからぬ、気取った装飾。

 袁紹の時は書物で埋まっていた棚に、高級な衣類や装身具が置かれている。


(これは……袁紹のものではない。

 誰のだ?)


 確か、袁紹はこんな風に家柄をひけらかすような真似は好まなかったはずだ。

 逆に袁術のひけらかし方は、この程度では済まない。


  袁紹でも袁術でもない、高貴な子供……。

  その部屋には、そんな影が満ちていた。


 そこの机に、ぽつんと一枚白紙が置かれていた。


「……?」


 いかにも、これを取れと言わんばかりだ。

 曹操はそれを持って裏返してみたり光に透かしてみたりしたが、特に変わった様子はなかった。


  罠かもしれない、とは思った。

  しかし、こんな紙一枚で何ができるというのか。


(そう言えば、辛毗が悪夢の館で手紙を拾ったと言っておったな)


 曹操はふと、辛毗のことを思い出した。

 辛毗は悪夢の中で手紙を拾い、現世に持ち帰ったら袁紹からの手紙になっていたと言った。


  ならば、元は何の手紙だったのか?


 曹操は、まだその手紙を持っていた。

 こうして再び悪夢に持ち込んだ今、その手紙はどうなっているのだろうか。

 懐から取り出した手紙を開いたとたん……曹操は絶句した。


「は……白紙、だと……!?」


 現世で開いた時は確かにあった曹操宛の文章が、きれいさっぱり消え失せていた。


「こ、これは……」


 曹操はしばらく考えを巡らせたが、答えは出なかった。

 しかし、同時にこれは放置できないと感じた。


  これは確かに、袁紹からの手紙だった。

  ならば、うかつに捨てるべきではない。


 曹操は白紙と化した手紙を懐に仕舞い込むと、ついでにその部屋にあった白紙にも手を伸ばした。

 袁紹からの白紙になった手紙を見た今、この白紙もただの白紙とは思えなかった。


  何か、隠された意図があるかもしれない。


 曹操はその白紙を丁寧に折りたたみ、袁紹からの手紙と一緒に懐にしまった。

 その瞬間、どこかから声が聞こえたような気がした。


「ごめんなさい」


 それは、袁紹の声ではなかった。

 しかし、曹操はそんな声を知っている気がした。

 覚えていないくらい取るに足らない人物ではあったが、曹操はこの声を知っている。


 曹操は思わず白紙を握りしめたが、その声はもう二度と聞こえなかった。

 この館は、袁紹が成人してからも住んでいた場所です。

 ということは、当然、袁紹の使っていた子供部屋も次世代に受け継がれています。


 そして、この部屋で見つけた白紙にはどんなメッセージがこめられているのでしょうか。

 辛毗のくれた手紙も加わって、物語の糸はからみ合います。

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