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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~憧憬の通りにて(2)

 表の袁紹は、これ以上の痛みを恐れるあまり曹操を拒絶します。

 というより、本能的に回避するように疑わずにはいられないのです。


 一方、裏の袁紹はそうでもありません。

 ずっと暗闇にいた裏の袁紹は、一筋でも一時でも光が欲しいのです。

 表の袁紹の嘆きを聞きながら、裏の袁紹は曹操と共に歩いていた。

 表の袁紹からは止めどなく痛みが伝わってくるが、裏の袁紹にとっては特に心を揺らされるものではなかった。


  当たり前だ。

  裏の袁紹は、袁紹の中の苦痛と悪夢の大部分を引き受けて切り離されたのだ。


  痛いのも苦しいのも、もう慣れている。


 曹操が自分をどう思っていようが、裏の袁紹はさして気にしていない。


(この世は、元々残酷なものではないか。

 それを、友に裏切られたからといって何を今更……。

 信じさせてくれるなら、その時だけでもありがたく受け取っておけば良い。そうすればその間だけは幸せではないか)


 それに、真実がどうであれ、自分が幸せなまま救われれば、それで自分は幸せに終われる。

 この悪夢から解放されるなら、それでも十分だと、裏の袁紹は思う。


(のう、真実がなくても幸せな時間はあったではないか。

 おまえは、あの時のまま終われたら幸せだったとは思わぬか?)


 裏の袁紹は、皮肉をこめて表の袁紹に語りかける。


(あの頃……譚を育てていた頃のように)


 返答は、なかった。

 今のは、表の袁紹にはきつかったかもしれない。


 だが、表の袁紹が今曹操を待っているのは、あの悲痛な思い出がこもった館だ。


  愛しい我が息子。

  無垢と信じて腕に抱いていた頃の何と幸せだったことか。


 表の袁紹は疑い深く、常に裏にあるであろう真実に怯える。

 しかし、掘り返さない方がいい真実もあるのだ。


「譚よ……」


 裏の袁紹は曹操に聞こえないように、かすかな声で息子の名を呼んだ。



 曹操は、袁紹の手を引いて懐かしい通りを歩いた。


 白い霧の向こうから、見慣れた街並みが姿を現す。

 華やかな洛陽とは程遠い、素朴で民の生活感に満ちたこぢんまりとした街。

 しかしそこには、都会にはない温かな空気が流れていた。


「ふふふ、昔を思い出すな。

 よくおまえと、二人でここで遊んだものだ」


 曹操がそう言って振り向くと、裏の袁紹は苦笑した。


「こちらの私ではなく、皆が知っている片割れの方だがな」


 その答えに、曹操は少し顔を曇らせた。

 袁紹の魂はそんな歳から割れていたのだと、ずしりと心にしみた。


  そうだ、あの時、幸せそうに笑い合っていたあの日から。

  曹操の目の前にいた袁紹は、すでに割れて歪んでいたんだ。


 それに気づくと、非常にすまない気持ちになった。


 曹操はそれなりに豊かな家で、何より親に愛されて育った。

 だからあの頃の曹操は、そんな歳にすでに魂を割っていた袁紹の気持ちなどほとんど分かっていなかったのだろう。

 大人になってからも、袁紹がどんな呪縛を負って生きているかなど考えもしなかった。


(袁紹は、おれにそれを気づいてほしかったのか)


 袁紹が曹操を招いた理由が、より深く分かった。

 最初に曹操の前に出てきたのが、裏の袁紹である理由も。


(思えばあの時から、袁紹はおれと距離を置いていた)


 手をつないでいても、どこかよそよそしい距離感。

 今二人の間を漂う霧のように、何かが二人の関係をぼかしていた。


(ならば、今度はこちらから攻めてみるか)


 陰険な表情のままついてくる裏の袁紹を見て、曹操は思った。

 この裏の袁紹と、まだ会えない表の袁紹は、互いに影響し合っているはずだ。

 ならば、こちらに優しくすれば向こうの頑なな心を少しでも解かせるかもしれない。


 曹操は、にわかに近くの茶店らしき軒先に腰を下ろした。


「どうだ袁紹、ここらで一休みせぬか!」


 さわやかに声をかけて、立ったままの袁紹に手を差し伸べる。

 すると、袁紹はニヤリと面白そうに笑った。


「ほう、そのような場所で休めるのか?」


「何……!?」


 言葉の意味を尋ねる暇は、与えられなかった。

 軒先についた曹操の手の下で、ざらりと何かが蠢いた。

 これから曹操が向かう館は、袁譚と辛毗が招かれたのと同じ館です。


 しかし、そう簡単にはたどり着けません。

 袁紹の心を少しでも開こうとする曹操に、今度は何が襲い掛かるのでしょうか。

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