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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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袁紹~回想の洛陽にて

 袁紹が曹操を洛陽に招いたのは、そこが袁紹にとっても呪縛の強い場所だからです。


 曹操は119部で洛陽であった最初の決裂を思い出していましたが、その時はまだ二人とも友情を取り戻せると信じていました。

 それが取り戻せなくなったのは、どんな事件が原因なのでしょうか。

 霧の中で、表の袁紹はぎりぎりと歯噛みした。


 曹操ともう一度手をつないで歩くのは、夢にまで見た光景。

 しかし、実際にその光景を見たとたん、袁紹の心は激しく軋んだ。


  騙されるな、あれを信じるな!!


 いてもたってもいられなくなるような猜疑心が、袁紹の脳髄を焦がす。


  曹操の性格は知っているだろう?

  また、あんな痛い目に遭いたいか!!


 かつて裏切られた痛みが、生々しく蘇ってくる。

 そうだ、自分は曹操のことを信じるたびに、痛い目に遭わされてきた。



 この洛陽の都が董卓によって廃都と化した後、曹操と袁紹はそろって洛陽に乗り込んだ。


  その時は、取り戻せたと思っていたのだ。


 自分が董卓に逆らい、中央から身を引いてからも、曹操はしばらく董卓におべっかを使っていた。

 袁紹は曹操に裏切られたと思って苦い日々を送っていたが、そのうちに驚くべき事件が起こった。


 曹操が、董卓を暗殺しようとして失敗したのだ。

 そして、故郷に逃げ帰ると、董卓討伐を訴えて自分にも手紙を出してきた。

 その手紙を読んだとたん、袁紹は歓喜に打ち震えた。


(ああ、曹操は私を捨てていなかった!!)


 手紙はあくまで用件のみの内容だったが、それでも袁紹には嬉しかった。

 曹操が、また自分と一緒に戦おうと言ってくれたから。


 袁紹は、すぐにそれに応じて出陣した。

 今度こそ、二人で董卓を討って、友情をより盤石なものにするのだと。


  曹操の元に向かう馬車の上で、袁紹は自分の猜疑を恥じさえした。

  自分は曹操の考えに気が付かず、曹操を疑ってしまった。

  曹操は無二の親友だというのに、自分は何ということをしたのだと。


 曹操は袁紹を快く迎え、連合軍の総大将にまでしてくれた。

 袁紹はそれを、自分を騙した曹操なりの罪滅ぼしだと受け取った。


  曹操はやっぱり私の味方だ。

  だからこれからも、手を取り合って一緒に戦おう。


 それが自分の都合のいい妄想であったと、気づいたのは再び捨てられてからだ。


 廃墟となった洛陽で、曹操と袁紹は再び仲たがいを起こした。

 袁紹が洛陽で休養しようとしたのに対し、曹操は董卓を追撃しようと主張して譲らなかったのである。


「董卓が長安に入れば、討つことは難しくなる。

 追撃して息の根を止められるのは、今しかない!」


 袁紹は危険だから止めておけと諭したが、曹操は頑として聞かなかった。

 あげくの果てに、袁紹が行かないなら自分だけでも追撃すると言いだした。


  袁紹は、曹操がどうしたら自分の言うことを聞いてくれるのか分からなかった。


 董卓だって、不利な状況で逃げ出したのだから何も策を講じていないはずがない。

 それに自分たちだって疲れているのだから、わざわざ罠にかかりに行くことはない。

 それが、袁紹のよく言えば思慮深く危険を予知する、悪く言えば消極的で疑い深い思考から出した答えだった。


 しかし、曹操は功を焦って、袁紹のいうことに聞く耳を持たなかった。


  このまま行かせたら、曹操が危険な目に遭ってしまう……。

  何としても、言うことを聞かせなければ!


 そう思った袁紹は、名門の長として高圧的に曹操を従わせようとした。

 親友相手に威光でひざまずかせるのは気が引けたが、曹操を守るためには仕方がない。


「黙りなさい、総大将はこのわしだ!

 おまえは、わしに従って戦えばよい」


 その瞬間、曹操はキレた。


「ふざけるな、戦の機も分からぬおまえに何が分かる!?

 おまえはもう昔のおまえではない、おれは一人でも行くぞ!!」


 袁紹が状況を飲み込めず固まっているうちに、曹操は風のように走り去ってしまった。


 そして、董卓の伏兵に遭って惨敗した。

 やはり袁紹が考えたとおり、董卓には策があったのである。


(だから言ったであろうに……!)


 袁紹はその報告を聞くと激しく憤ったが、内心ではホッとしていた。


  自分が言ったとおりに、曹操は惨敗した。

  これに懲りて、きっと曹操は心を入れ替えるだろう。

  そうしたら、きっとまた手を取り合って親友に戻れるはずだ。


 しかし、至極まっとうなその予想さえ、曹操は裏切った。

 曹操は帰ってくるなり、冷たい顔で袁紹に別れを告げたのだ。


「口に大義を唱えても、心に一致するものがなければ同志ではない。

 おれは国に帰って、少し考えさせてもらう」


 袁紹は、天地がひっくり返ったような衝撃を受けた。


  なぜ、曹操は去る?

  私の言ったとおりになったのに?


 袁紹には、どうして曹操が去ったのかまるで理解できなかった。

 守ろうとする手を振り切って、言われたとおりにひどい目に遭って、それで文句を言って去るなんて……これが親友に対する態度なのか。


 この現象をつなげる答えは、一つしかない。


(曹操は、やっぱり私を捨てていた?

 私のことなど、最初から友達だと思っていなかった?

 私は、都合よく利用できる存在でしかなかった!?)


 悪いことを考え始めると止まらなくなるのは、袁紹の悪い癖だ。

 しかし、あの時ばかりはそうしないではいられなかった。


  だって、そうでもないと、この仕打ちの説明がつかないじゃないか!


 結局、残された袁紹は総大将の任を降りることもできず、連合軍の後始末をするはめになった。

 どうにか連合軍を解散して帰路についたものの、袁紹の心にはこれまでにない失望感と喪失感だけが漂っていた。


(曹操は、結局私を騙していただけだった……!!)


 国に帰る馬車の上で、袁紹は泣いた。


 結局、自分は最初から曹操に欺かれていたんだ。

 曹操はもう、自分のことを親友だなんて思っていなかった。

 それを思わせぶりな態度で誘って、こちらが乗り気になったところで奈落の底に突き落として。


(曹操は、私をより痛めつけるために、戻ってきたふりをしていた……?)


 あふれ出る悪い考えは、とどまることがなかった。


  自分は、持ち上げてから突き落とされたんだ。

  そして曹操は、こうやって嘆き悲しむ私を笑っているんだ。


 もう、そうとしか考えられなかった。

 だって自分は何も悪いことをしていないのに、どうしてこんな目に遭うのか。


 その時の衝撃は、表の袁紹にとって治ることのない心の傷になった。

 それ以来、表の袁紹は曹操を信じようとするたびにこの痛みが蘇るようになった。

 痛いのは嫌だ、痛いのは苦しい、だから……。


  楽になりたい、楽になっていい、楽になればいい……。


 信じなければ、少なくとも持ち上げられる分の痛みは減る。

 今の袁紹には、信じて手に入る温かさより、信じた後に襲ってくる裏切りの痛みの方がはるかに重かった。

 董卓討伐連合軍は、曹操と袁紹が同じ軍で戦った最後の戦です。

 ここでの決裂を最後に、曹操と袁紹は長い戦いに入っていくのでした。


 最初の決裂から元に戻れたと思った矢先のこの事件は、袁紹の心に大きな傷を残しました。

 期待した分だけ失望感も大きいもの、その痛みを回避するために袁紹は人を信じられなくなっていたのです。

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