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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~憎悪の館にて(7)

 袁紹は恐怖のあまり継母から逃げ出そうとしますが、生前の袁紹が実際に逃げたことはありません。

 この現実と悪夢の違いに、曹操は何を思い出すのでしょうか。


 現実の館にあって悪夢にないもの、何だか分かりますか?

「袁紹、おまえがこんなものに屈する道理はない!

 こんな女、すぐに這いつくばらせてやる!!」


 だが、実行に移すことはできなかった。


 袁紹は、どこまでも恐怖に振り回されて曹操の動きを封じる。

 曹操がいくら諭しても、聞く耳を持たない。

 ひたすら継母を恐れてうずくまり、そうかと思えばいきなり罠の扉めがけて走り出す。


  こんなものを守りながらでは、まともに戦えない。


 曹操は、じりじりと胸を焦がす焦りを感じた。

 だが、見捨てることはできない。

 袁紹の苦しみはずっと見てきたからよく分かるし、ここで袁紹を殺される訳にはいかないのだ。


(袁紹……おまえは昔から、この女にはひどい目に遭わされていたな。

 しかし、待てよ……)


 昔の苦しむ袁紹を思い出した時、曹操はふと気が付いた。


 幼い頃、袁紹は確かに袁術の母にいじめられていた。

 今のように心の根底にまで恐怖を埋め込まれ、毎日怯えて過ごしていた。

 だが、実際の袁紹がこんな風に逃げ出した事実はない。


(本当の袁紹は、いじめられながらも養子に出されるまでこの家で耐え抜いたはず。

 なのになぜ、この袁紹は逃げ出そうとする?)


 物事には、何かしら理由があるはずだ。

 もちろん、ささいな行動には理由がない場合もあるが、あれだけ苦しんでいた袁紹が逃げ出さなかったのは理由なしでは考えられない。


  何か、足りないものがある?


 曹操は、即座に記憶を巡らせた。

 幼い頃、この家には誰がいたのか。


(大嫌い……あのお母さんは、大嫌い!)


 袁紹は昔から、そう言っていた。

 しかし、その言葉の後に、か細い声でつぶやいていた。


(でも、あの家は僕の家……。

 僕が帰る場所は、あそこしかないもの。

 だって、あそこには……)


 袁紹は、泣き笑いのような表情でこう言った。


(お父さんがいるもの!)


 そうだ、あの家には袁紹の実の父がいたんだ。

 母親とは義理の関係でも、父親とは血がつながった本当の親子だ。

 袁紹は、継母に苦しめられていても、父親と離れたくなかったのだ。


  本当の母は、袁家に受け入れてもらえなかった。

  だから袁紹は、たった一人の肉親である父と離れがたくて……。


 思い返せば、この悪夢の館に父親の姿はない。

 袁紹を引き止めるのに、足りないのはそれだったのだ。


(そうか、袁逢か……!)


 曹操はすぐさま、部屋の壁にかかっているものを確認する。


 その中に、予想通りそれはあった。

 顔の部分が布で隠れた、一枚の肖像画。


  それ以外にも肖像画はあるが、全て顔が見えている。


 おそらくあれが、袁逢の肖像画だ。

 他のものは袁紹が見ても何の意味もないから、そのままにしてあるのだ。


(あれを外せば……!)


 即断即行、曹操は袁紹の手を放してその肖像画に向かって走った。

 曹操が手を放している間、袁紹は全くの無防備になる、危険な賭けだ。


 袁紹の行動が違うのはここが現実とは違うから、と考えられなくもない。

 しかし、曹操はその可能性に賭けた。


  オアアアア


 またも怪物が咆哮を上げ、袁紹の耳をつん裂くような悲鳴が上がる。

 おそらく、袁紹はすぐにまた扉に向かって走るだろう。


 しかし、曹操は振り向かなかった。


  振り向いたって、何もできることはない。

  今から袁紹を助けに向かったって、間に合う保証はないのだ。


 下手に振り返ってまごつくよりも、今己のなすべきことに向かって突き進む。

 それが曹操の流儀だ。


 曹操の手が、肖像画を覆う布に届いた。


「袁紹、こっちを見ろ!!」


 声を限りに叫びながら、一気に顔を覆っていた布を取り去る。

 果たして、その下の顔は間違いなく袁紹の実父、袁逢だった。


「父上!?」


 袁紹の足が止まる。


  これは、正解だ。


 それを見届けると、曹操は即座に怪物に襲い掛かった。

 袁紹に向かって吠えている怪物の側面から、胸を狙って俊足の突きを繰り出す。


「くらえ!!」


 曹操の名剣が、怪物の胸に吸い込まれた。


「ギィゲエエエェ!!!」


 怪物の悲鳴を振動で感じながら、曹操は剣を後方に振り抜いた。

 手に、ゴツンと固い手ごたえが伝わってくる。

 しかし、曹操はさらに力をかけてそれを断ち切った。


  バキィッ!!


 鈍い音を立てて、怪物の背骨が折れた。

 曹操の持つ名剣の切れ味をもってこそ、できる芸当だ。


 怪物は、背中の切り口を広げるように前のめりになり、たたまれるように崩れ落ちた。

 怪物の背中から流れた血が部屋中を覆いつくし……気が付けば、それは一瞬で蒸発して跡形もなくなってしまった。

 袁紹が現実で逃げなかったのは、実の父親の存在があったからでした。


 しかし、今度は逆に、なぜ現実にいた父親が悪夢の中で存在を抹消されているのかという疑問が生じます。

 そいて、この館で曹操が助けた袁紹は、表と裏のどちらなのでしょうか。

 次回、ついに袁紹の片割れと対面です。

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