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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~憎悪の館にて(6)

 今回は、曹操と袁紹の二人で袁術の母の幻影に挑みます。

 しかし、孫策の時と違って、今回袁紹は無力な子供の姿です。

 袁紹は曹操の戦いに、どんな介入を見せるのでしょうか。

 怪物は、大きく鉄鞭を振り上げて咆哮を放った。


  ウオオオォ


 邪悪に濁った雄叫びが、部屋中の空気を震わせる。

 とたんに、後ろで袁紹が身をかがめた。


「ひゃあ!!」


 袁紹はぎゅっと目を閉じて、耳を塞ぐように頭を抱えてうずくまった。

 その隙をついて、怪物がドスドスと突進してくる。


「チッ!」


 曹操は小さく舌打ちして、袁紹の着物の襟を掴んだ。

 そして、震えて動けない袁紹を持ち上げてどうにか怪物の突進をかわす。


  持ち上げた袁紹の体は、鉄のように重かった。

  まるで袁紹自身が、曹操の動きを鈍らせようとしているように。


 このままでは、攻撃もままならない。

 動かない袁紹を守りながらでは、相手の攻撃をかわすだけで精いっぱいだ。


 曹操は怪物が行き過ぎてしまうと、袁紹の手を取って語りかけた。


「袁紹、怖いのは分かる。

 しかし、これはおまえが解放されるための戦いなのだ。

 二人であれに勝つために、立って、自分で走るんだ!」


 しかし、袁紹はぶんぶんと首を横に振った。


「母上に、勝つ?

 そんなの、できっこないよ!」


 袁紹はがちがちと奥歯を鳴らしていた。

 体中が固く強張り、石のようになっている。

 その目はただひたすら恐怖に怯え、涙さえ滲ませていた。


  完全に、恐怖に支配されている。


 実際に、曹操は袁紹のこんな顔を見たことがあった。

 幼い頃、ちょうどこの館に住んでいた頃は、継母が近くにいるといつもこんな顔に近かった。


 今更ながら、袁紹はあんな歳から継母の恐怖に縛られていたのだと実感する。

 物心つかないような子供の時代から、袁紹は地獄を見てきたのだ。

 幼い身では、それに抗うこともできなかったのだろう。


「くそっ!」


 汚く毒づいて、曹操は再び袁紹の体を持ち上げた。

 小さな体からは想像もつかない重さが、ずしりと腕にこたえる。


「さあ死ニナサぁい!!」


 継母の怪物が、また鉄鞭を振りかざして襲い掛かってきた。

 今度はさっきのような突進ではない。

 鉄鞭をがむしゃらに振り回しながら、曹操に歩み寄ってくる。


 曹操は、必死でそれを避け続けるしかなかった。

 袁紹を抱えていては、自分はまともに攻撃できない。


  攻撃しようとすれば、袁紹を守れなくなる。

  自分が袁紹を守らなければ、袁紹は潰される。


 何度も鉄鞭をかわして大きな隙ができると、曹操はたまらず袁紹を投げ飛ばした。


 こんな連撃を出されては、こちらは体勢を立て直す暇もない。

 袁紹を抱えたままでは、逃げることもおぼつかない。

 自分の身を守るためには、仕方ない。


「痛あぁっ!」


 袁紹が、床に転がって悲鳴を上げた。

 まるで信じていた友に捨てられたような、哀れな響き。


(くっ……すまん、袁紹)


 やるべきことは分かっている。

 しかし、久しぶりに会った旧友の悲鳴は曹操の心をかき乱す。


 太刀筋が乱れ、刃が急所を外す。

 たいして素早くもない怪物の動きに、頭がついていかない。


「これで……どうだ!」


 それでもどうにか神経を集中して、曹操は怪物に深手を負わせた。


「グエエエエェ!!!」


 蛙のような醜い悲鳴を上げて、怪物が転げる。

 その間に、曹操は袁紹のもとに駆け寄った。


「袁紹、あいつは不死身じゃない、倒せるんだ。

 見ろ、苦しんでいるだろう?

 だからそんなに恐れなくていい、立ち上がるんだ!」


 それでも、袁紹は顔を覆っていやいやをした。


「無理、無理だよ……もっと怒られるだけだよ。

 もっとひどくされるから、もうそれ以上しないで!」


 袁紹は、悲痛な叫びをあげて曹操の方を見た。


「ねえ、もう戦うのは嫌。

 このままじゃ、曹操まで母上に殺されちゃう!

 だから、ねえ、もう逃げようよう!」


 袁紹の視線の方向を振り返って、曹操は目を見開いた。


  またしても、退路が開いている。


 さっき閉ざされたはずの、入り口の扉が開いている。

 上から落ちてきた刃に塞がれたはずなのに、いつの間にか再び刃が上に吊り上げられていた。


「ほら、あそこから出られるよ。

 僕はもう、こんな家は嫌。

 ねえ曹操、早く僕を連れて行ってよ」


 直後、起き上がった怪物が再び咆哮を放つ。


  オアアアアァ


 それを聞いたとたん、袁紹は痛ましいほど顔を引きつらせて悲鳴を上げた。


「嫌あああぁ!!!」


 もはや完全に理性をなくし、体を前後に揺らして身を悶える。

 滝のように涙を流し、口から唾をとばしながら、袁紹はゆらりと立ち上がった。


「もう嫌、ここは嫌、早くここから出してよお!

 ほら曹操、出口はあるよ!?

 君が行かないなら、僕が先に行くからあああ!!」


 ようやく自分の足で立ったと思ったら、袁紹は入り口に向かって一目散に走り出した。


「ああっ待て!」


 すんでのところで、袁紹の腕を掴んで入り口に達する前に転ばせる。

 このまま入り口に突っ込んだら、またあのギロチンの刃が落ちてくるのは目に見えているのだから。


 ここでようやく、曹操は怪物の意図に気づいた。


  怪物は、袁紹に恐怖を与えて部屋から追い出そうとしている。


 怪物は袁紹を脅して戦意を奪い、逃げ出したくなるように仕向けている。

 そして、逃げたところを入り口に仕込んだ刃で葬ろうというのだ。


  何という、卑怯な罠だ!


 曹操の内に、ふつふつと怒りが湧き上がった。

 今回の袁紹は、幼い頃の、袁術の母に完全に怯えていた袁紹そのものです。

 そのせいで、袁紹の存在は戦う曹操にとって足かせになってしまいました。

 そのうえ、恐怖に支配された袁紹は自分から罠に飛び込もうとします。


 怒られるから、もうこの家にいたくない。そうして曹操について行ったらどうなるか……皆さん、想像がつきますか?

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