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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~憎悪の館にて(5)

 朱に交われば赤くなる、という諺があります。

 本人の品位や物の考え方が、他人の影響を受けて同じように変わっていくという意味です。

 袁術の母の部屋にあった歴史書に記されていたのは、まさにその例えでした。

 扉は、おいでおいでというように大きく開いたままだった。

 さっきまでは外に怪物がいたはずだが、今は不気味な静寂が辺りを包んでいる。


「どうしたの、早く行こうよ」


 袁紹はそう言ってせかすが、曹操は踏み出す気にはなれなかった。


  この扉の向こうに踏み出せば、もう二度と戻れないかもしれない。

  袁紹もおそらく、そのつもりで扉を開いてあるのだ。

  そもそも、曹操は入ってくる時に扉を閉めたはずなのに。


 必ず、何かある。


 足を止めたままの曹操に苛立ったのか、袁紹が曹操の袖を引っ張った。

 苛立ったような目で曹操を見上げ、早く出ようと言う。


「どうしたの曹操、僕と遊ぶのは嫌い?

 僕のこと、友達じゃないって思ってる?」


 その目は懐疑に満ちていた。


  それが本気なのか演技なのか、見極められないのがもどかしいところだ。

  演技ならば気にする必要はないが、本気だったらどうするのか。


 曹操は、思わずさっきの白けた怪物を思い出して息を呑んだ。


 袁紹は、曹操が本当に自分を友達だと思っているのか疑っている。

 もし袁紹があの時の……一時的に袁紹を逆恨みした曹操の気持ちに気づいていたなら、これは本気の可能性が高くなってくる。

 いや、そもそも袁紹が覚えていたからあんな怪物を生み出したのではないか。


「曹操……どうして来てくれないの?」


 曹操は、答えられなかった。

 袁紹が曹操の気持ちを知っていたなら、隠す必要はないのかもしれない。

 しかし、もし知らなかった場合は、余計な危険を冒すことになる。


 何を言っても答えてくれない曹操に気を落としたのか、袁紹は静かに一人で扉の方を向いた。


「じゃあ、僕は一人で先に行くよ。

 もし曹操が僕を友達だと思っているなら、一緒について来て」


 袁紹は悲しそうな顔をして、一人で扉の前に踏み出した。

 曹操は、いつでも飛び込める姿勢を保ったまま、袁紹の様子を伺っていた。


  この悪夢はあくまで、曹操を追い出そうとしているはずだ。

  袁紹のみを先に行かせたら、どうなるのか。


「いいの、曹操?

 本当に行っちゃうよ」


 袁紹は一度曹操の方を振り返り、ちょうど扉の境目に入った。


 その時、曹操の耳が不吉な物音を捕らえた。

 シャリシャリと、金属をこすり合わせるような音。

 扉の上から聞こえている。


「!?」


 とっさに扉の上に目をこらして、曹操は驚愕した。

 扉の上の部分が、いつの間にかギロチンのような一枚の刃になっていたのだ。


  鈍く光る刃が、滑り落ちる。

  下にいる袁紹めがけて、風を切って迫る。


「危ない!!」


 曹操はほぼ反射的に手を伸ばし、袁紹の手を捕らえた。

 無我夢中で強く引っ張り、袁紹を刃の下からどかす。

 その一瞬後、刃が床にぶつかって大きな音を立てた。


「くっ!」


 腕の中に倒れ込んできた袁紹を抱きかかえ、後ろを振り向く。


 案の定、女の怪物がすぐそこまで迫っていた。

 ばかでかい口を開けて、すさまじい勢いで体当たりを仕掛けてくる。


「オアアアァ!!!」


 曹操がすんでのところで身を引くと、怪物は派手な音を立てて落ちてきた刃にぶつかった。

 曹操はその隙に部屋の中央に走り、怪物と距離をとった。


 怪物は、しばらくその場で痛みに悶えていた。

 しかし、にわかにしっかりとした動きで立ち上がり、曹操の方をにらみつけた。


「ナニよ、紹を連れてイクんじゃなかったの?」


 これではっきりした。

 継母は、袁紹を曹操もろとも殺そうとしたのだ。

 しかし、意に反して曹操が罠に踏み込まなかったため、失敗して悔しがっている。


  あの時一緒に踏み込んでいたら、曹操と袁紹は仲良く真っ二つになっていた。

  二人をまとめて、葬り去るための罠だ。


「キイイイ、あんた、紹のトモダチじゃナカッタの!?

 トモダチなら、一緒に沈みナサいよ!!」


 怪物は、地団太を踏んでわめき散らす。


「ダッテ、ちょうどイイじゃなイ!

 宦官の孫と娼婦の子、おニアいでしょ!?

 アンタが、紹のおトモダチでいてクレればねえ……」


 怪物は、大口を開けて吠えた。


「紹をゲセンの仲間にデキるじゃない!!」


(……そういうことか!!)


 曹操は、ようやく継母の意図に気づいた。

 これが、全ての答えだったのだ。


 継母は、袁紹を貶めたがっていた。

 だから、宦官の孫である曹操と付き合わせることで、袁紹を平民の仲間に見せようとした。

 袁紹を名門袁家の継承者から外すには、袁紹が下賤の曹操と親しくして、下賤に染まってくれた方が都合が良かったのだ。


  貶められていたのは、曹操ではなく袁紹。

  曹操が思っていたのとは、さかさまだ。


<立場の高い自分が側にいることで、彼の立場をも高めることができたのである>


 本の内容とも、逆の発想だ。

 低い身分の低俗な者と付き合わせることで、その者の立場をも地に落とせる。


  さかさまだ。

  だからあの本は、さかさまだったのだ。


 袁紹のせいで自分が貶められた。

 高貴な者が側にいることで相手の立場をも高くできる。

 そのどちらかでも逆にして考えることができれば、答えにたどり着けていたはずだ。


 曹操は、それが悔しくてたまらなかった。

 自分が気づいていれば、袁紹をこんな危険な目に遭わせなくて済んだものを。


「アサましイ、どこまでワタシの邪魔をするノヨ!

 自分で死ナナイなら、ワタシが殺シテあげる!!」


 怪物が、黒光りする鉄鞭を振り上げた。


  何が何でも、二人を一緒につぶす気なのだろう。


 曹操は袁紹をかばうように前に出ると、愛用の名剣を構えた。

 これで謎は解けた。

 後はあの化け物をどうにかするだけだ。


 ようやく戻った不敵な笑みを浮かべて、曹操は怪物の出方を待った。

 袁術の母の幻影が、曹操と袁紹の交際を許した訳を教えてくれました。

 彼女の願いは、袁紹を排除して袁術に後を継がせること。そのために、袁紹の品位を少しでも落としておきたかったのです。


 母が怒るから帰りますという手紙の記述も、そこにつながっていきます。

 次回、ボス戦です。

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