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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~憎悪の館にて(3)

 袁紹が記憶を元に作り上げた悪夢の館は、それぞれ実際に袁紹が過ごした場所が元になっています。

 そのため、元となる場所を知っていれば、攻略はいくぶん楽になるのです。

 これまでその恩恵を受けられたのは、袁譚と悔恨の館のみでした。それでも袁紹が悪夢を紡いだ時間と袁譚がそこで過ごした時間にずれがあったため、袁譚はその相違点に惑うことになりました。


 今回、曹操と袁紹が思い描くこの館は時間的にも一致しています。

 最初に思い出を共有したこの館で、曹操は何を見るのでしょうか。

 館の中は、だいたい曹操の覚えている通りだった。

 しかし、異なる部分もあった。


「ここは……」


 かつて、袁紹が押し込められていた部屋の扉は、見たこともない豪奢な扉に変わっていた。

 本来なら、ここは普通の木の扉だったはずだ。


  この先に、何かがある?


 曹操はすぐに、その扉に手をかけた。

 しかし、扉は開かない。

 押しても引いても、まるで扉自体が石の彫り物のように動かないのだ。


 よく見れば、扉の中央に鍵穴があった。

 のぞいても真っ暗で何も見えなかったが、中から漂ってくるただならぬ気配を感じた。


「……鍵が必要だな」


 曹操はくるりと向きを変えて、歩き出した。


 そうだ、ここは昔から、鍵のついた扉だった。

 あの意地の悪い継母が、袁紹を閉じ込めるために。


  鍵の在り処は分かっている。

  十中八九、あの継母の部屋だ。


「待っていろ袁紹、すぐに出してやるさ」


 今は異界と化していても、元の館は知っている。

 曹操は迷うことなく、継母の部屋に向かった。



 継母の……袁術の母の部屋は、記憶の通りだった。

 何人かの召使いと白けた人型の怪物を斬り捨てて、曹操はその部屋に入った。


 外に怪物が集まっていたので中もどうかと思っていたが、予想に反して怪物はいなかった。

 ただ、継母がそこで暮らしていた生活感のみがそこに残っていた。


  鏡台の上に、無造作に置かれた化粧道具。

  寝乱れてしわのついた布団。

  惜しげもなく床に散らかった金銀宝石の飾り。


 まるで今出て行ったばかりのように、甘ったるい香の残り香までも感じられた。


  骨の髄まで蕩けるような、甘く贅沢な香り。

  洛陽にいた頃、袁術が同じような香を好んでいた。


 曹操はその匂いに少し眉を顰めながら、ずかずかと土足で踏み入った。

 豪華な刺繍の絨毯に泥がついても、構わず鏡台に歩み寄る。


 そして、下から順番に、勢いよく引き出しを開け放つ。


「ここには……ないな。次は……ここも違う。では……」


 一段ごとに鍵がないかと中を漁り、閉めずに次の段を開ける。

 下から開けていけば、前の段を閉める必要がないからだ。

 手慣れた、家探しの業だ。


  若い頃を思い出す。

  袁紹や他の友人たちと共に、不良として近所で暴れまわった日々を。


 曹操が引き出しを探るたびに、目を奪うばかりの贅沢な装飾品が引き出しからあふれる。

 しかし、曹操はそんなものに興味はなかった。

 今必要なのはただ一つ、親友を救うための鍵だ。


「おお、これだ!」


 黄金色に輝き、宝石まではめこまれた鍵を、曹操は見つけ出した。

 あの豪奢な扉に、よく似た雰囲気の鍵だ。


「よし、これで袁紹を……」


 勢いよく身を起こしたとたん、着物の袖が鏡台の装飾に引っかかった。


「うわっ!?」


 転びそうになって夢中で手をついた机から、何かがばさりと落ちた。

 はっと目を向けると、それは古めかしい本だった。


「……?」


 平時なら、そんなものはまた元のように机の上に戻せばいいだけだろう。

 しかし、今はそうしない方がいい。


  この世界は、袁紹の悪夢でできているのだ。

  この世界にあるもの、起こることは全て袁紹の悪夢につながっているのだ。

  この本が目の前に落ちたのも、きっと……。


 曹操は慎重に、その本を拾い上げた。

 開かれたページを見ると、内容は歴史書だった。

 さかさまに持ってしまっていたので、向きを直して読み始める。


 少し読んだだけで、曹操はこれが何の記録であるか見当がついた。

 漢帝国が始まったばかりの頃の、高祖劉邦の死後の話だ。


  高祖劉邦には、多くの女と子供がいた。

  中でも、とびっきり仲が悪くて、凄惨な結末を迎えてしまった二人の女の話。


 劉邦の正妻であった呂后と、劉邦の寵愛を受けていた戚姫。

 二人ともに男子がいたため、劉邦はどちらを跡継ぎにしようか迷っていた。


  袁紹と袁術、二人の男子がいた袁逢と同じように。


 劉邦は結局呂后の子を跡継ぎとしたが、呂后の怒りは収まらず、彼女は戚姫とその子を殺そうとした。


  袁術の母が、袁紹を邪魔に思ったのと同じように。


 しかし、戚姫の子を殺すのは簡単ではなかった。

 自分の子が戚姫の子と仲良くし、守っていたせいで。


 開かれていたページには、ちょうどそのことが書いてあった。


<呂后の子は、戚姫の子と仲良くすることで、彼を守っていたのだ。

 皇帝である自分が親しくしていれば、家臣たちもおいそれと彼に手を出すことができなくなる。つられて、彼を敬うようになる。

 立場の高い自分が側にいることで、彼の立場をも高めることができたのである>


 その表現は、琴線に触れるものがあった。

 高貴な者と仲良くすることで、高貴な仲間になれる。


  だとしたら、それは……。


 何かが喉まで出かかっているが、それが何なのかは分からなかった。

 曹操はとりあえず、その本を元のように戻そうとした。


 本を机の上に置いた時、曹操は妙なことに気づいた。

 自分がこの本を拾った時、本はさかさまだった。

 落ちる時に向きは変わっていないはずなので、この本は最初からさかさまに置かれていたということになる。


  偶然か、それとも……。


 何か心にひっかかるものを感じながら、曹操はその部屋を後にした。

 この館に登場する歴史書は、憎悪の館に迷い込んだ全員が目にしているものです。

 しかし今回、その書物はこれまでの『お家騒動』に加えてもう一つ意味を持ってきます。


 この部屋で曹操が感じた違和感は、何だったのか。

 次回、ボスとの対話でそれが明らかになります。

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