曹操~憎悪の館にて(1)
曹操が袁紹に招かれて訪れるのは、基本的にこれまでと同じ館です。
しかし、その館の様子や仕掛けなどは、招かれる人物によって異なる場合があります。
袁紹の気持ちによって孫策編と劉備編では攻略の難易度が下がり、逆に袁譚編では上がっていました。
今回、袁紹は曹操をどのように迎えるのでしょうか。
しばらく後、曹操は見覚えのある館の前に立っていた。
現れては消える袁紹の幻影を追って、たどり着いたのは豪華な館だった。
「なるほど、確かに悪夢だな」
その奢侈な館を、曹操は幼い頃から知っていた。
幼い頃から友達だった、袁紹が最初に住んでいた家だ。
ここに入ったことは数えるほどしかないが、ここは曹操にとっても居心地が悪かった。
ここは曹操も、袁紹も拒絶する。
曹操は、もう一度先ほど拾った袁紹の書置きを見た。
母上が怒るので、とある以上、袁紹は母親の元に帰ったと考えるべきだ。
母親と共に住んでいた場所に、袁紹はいる。
「確かに、ここにいた母親はことあるごとにおまえに怒っていたな!」
曹操は再び館に目を移して、この館のことを思い出した。
ここは、袁紹の実父である袁逢の家だ。
そして袁逢の正妻である継母とその息子袁術が、この館を牛耳っていた。
袁紹はここで、毎日辛い思いをしていた。
本当はね、帰りたくないんだ。
でも、帰らないと捨てられてしまうから。
袁紹は曹操と別れる時、よくそんな言葉を口にしていた。
名残惜しそうに何度も曹操の方を振り返りながら、それでも足は恐怖に押されて止められず……あの頃の袁紹と別れる時はいつもそうだった。
その時はただ、付き合いが悪いなとしか思っていなかったが……。
今思い返してみると、袁紹はあの頃から曹操に救いを求めていたのかもしれない。
「大丈夫だ、袁紹。
おれがすぐに、ここから連れ出してやる!」
安心させるようにそう言って、曹操は館に踏み込んだ。
門をくぐると、辺りに漂う霧が不安げに揺れた。
空気は粘っこく、曹操の息をつまらせようとするようだ。
思わず戻ろうかと思って後ろを振り向くと、門は開いたままだった。
自分を試しているのかと、曹操は苦笑した。
いつでも、諦めて外に出ることができるよと。
だが、曹操は戻らずに建物に向かった。
今の袁紹は、どうも非常に不安定な状態だ。
一度でもあの門の外に出たら、もう二度と中には入れないかもしれない。
やっぱり助けてくれないのかと拗ねて、門を閉ざしてしまうだろう。
(あいつは、難しい奴だから……)
付き合い始めた当初は、よく袁紹の気持ちを読み違えて拗ねさせてしまった。
おかげで、今の曹操は袁紹のしてほしいことをかなりの確度で読み取ることができる。
辛毗に託された手紙。
曹操を誘導するように、現れては消える幻影。
開きっ放しの門。
袁紹は間違いなく、自分を求めている。
それでもいい加減な気持ちでは来てほしくないから、わざと退路を残してみたり姿をくらましたりして。
そうやって曹操の気持ちを試そうとするところが、またいじらしかった。
「邪魔をするぞ、袁紹!」
袁紹の真摯な招待にほおを緩めながら、曹操は屋敷の扉を開け放った。
中は、きれいに手入れがなされていた。
埃も染みもなく、敷物や調度品もきれいに整えてある。
ただ清楚さが足りないと思うのは、その贅沢な趣味のせいだろう。
(なるほど、母親は在宅のようだな)
中の様子を少し見て、曹操は直感した。
あの継母……袁術の母は悪趣味だが、家はいつもきれいに保ってあった。
まるで、汚れの存在を許さないように、召使いたちがいつもせわしなく手入れをしていた。
彼女は、自分の住む空間が汚されることを何よりも嫌うのだ。
自分の住む空間を汚すものを力ずくで排除しようとするのだ。
それが物であっても、人であっても。
彼女にとって、袁紹は下賤の血でこの高貴な館を汚すものだった。
だから徹底的にいじめ抜き、追い出してしまった。
せめて父親と一緒にいたいと願った、袁紹の抵抗を振り払って。
「おれも、排除されぬよう気をつけて進むとするか」
煙ったような廊下の先で、すでに蠢く何かが近づいてきている。
曹操は剣を握り直し、廊下にまで薄く幕を張った霧の向こうに目をこらした。
招かれた人物が館に入ると、これまでは館の門が閉まって招かれた人物を閉じ込めていました。
しかし、曹操の場合はむしろ退却を誘うように門が開きっ放しになっています。
閉じ込められれば人は誰でもそれを解決しようとしますが、いつでも退却できる状態では常に逃げる誘惑に駆られます。
本人にやり遂げる意志が必要とされる点では、こちらの方が精神的に困難度が高いと言えるでしょう。