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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
最終章~曹操孟徳について
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曹操~洛陽にて(4)

 曹操は、強固な意志を持った君主である反面、自分の邪魔になる相手には全く情けをかけないという冷酷さも持ち合わせています。

 曹操が見るのは能力と、それが自分の役に立つかのみ。


 役に立たないと分かった人間は、それが功臣や皇族であっても斬り捨ててしまうのでした。

 出迎えたのは、先ほど逃げ出した獣だった。

 鋭い牙の並んだ口を、顔が全部口に見えるくらい開いて、曹操に飛び掛かる。


 さすがの曹操も不意打ちを食らって、大慌てで後ずさった。


「くっ!」


 体勢を立て直して前を見ると、敵が獣だけではないと分かった。


 獣を囲むように、ゆらゆらと揺れる人影が近づいてくる。

 しかし、ろくなものではなさそうだと曹操には分かった。

 第一、まともな人間があんな怪物と共闘する訳がない。


(これは、全て斬り捨てるべきだな!)


 素早くそう判断を下すと、曹操は握り直した剣を獣に向けた。

 幸い、人影の動きは鈍いようだ。

 まず獣を速攻で倒し、その後に人型を相手にすればいい。


 曹操は素早く身をかがめて石を拾うと、左手でそれを投げつけた。

 石は、獣のすぐそばに落ちて軽く砂ぼこりを上げる。


「キャン!?……グルル、ガアア!!」


 明らかな攻撃の意思に反応して、獣が飛び掛かってきた。


  曹操の思うつぼだ。


 飛び掛かる獣に臆することもなく、曹操は正面から剣を振りかざして斬りこんだ。

 獣自身の飛び掛かる勢いで、剣の刃がざくりと獣の頭部を切り裂く。


 その斬撃は首まで達するほど深く、獣はずるりと地面に落ちて、動かなくなった。


「ふん、こんなものか」


 ぶんっと剣を振って血肉を落とし、曹操は笑う。

 そしてそのまま間髪を入れずに、後方から迫っていた人型めがけて斬りこむ。


 すれ違いざまに武器を振り上げた腕を切り落とす、迷いのない斬撃。

 たとえそれが普通の人間であったとしても、曹操にためらいはない。


  自分の道を阻む者は、情け無用で切り捨てる。

  それが曹操の強いところだ。


  もちろん、切り捨てられるほうはたまったものではないが……。


 戦っている最中の曹操に、相手に対する情など存在しない。

 霧で相手の顔が見えなくても、容赦なく体を切り刻んでいく。


 深く踏み込み、首を切り落とす瞬間に、一瞬顔が見えた。

 その顔をちらりと確認して、曹操は微笑んだ。


  顔面一杯に長い釘で打ち付けられた板。

  頭を貫通して後頭部から突き出している釘。

  間違いなく、生きた人間ではない。


(そら見ろ、これは切り捨てるべきものだ)


 斬ってしまってからの確認だが、相手の顔は曹操の行動を正当化するものだった。


 そうして全ての敵を斬り捨ててから、曹操はようやくその怪物の着衣に目を向けた。

 戦っている最中はあまり気にしなかったが、この服は既視感がある。


「ふむ、懐かしい服だ。

 おまえの館に遊びに行った時に、よく見たな」


 そこまで言って、曹操は感慨深げに霧の中に呼びかけた。


「なあ、袁紹」


 返答は、ない。

 だが、曹操には分かっていた。


  これも辛毗がいう、袁紹の感情の一部なのだろう。


 こいつらがまとっている着物は、曹操がかつて見たものだ。

 昔袁紹の館に遊びに行った時、袁紹の館にいた召使いたちだ。

 もっと詳しく言えば、袁紹が最初に住んでいた、袁術の館で見た。


 その既視感が、曹操には嬉しかった。

 この悪夢は間違いなく袁紹のものだ、袁紹はここにいると自分に教えてくれるからだ。


「ずいぶんと手荒な歓迎だな。

 だが安心しろ、すぐにおまえのところに行く」


 曹操の視線の先には、一枚だけ手紙の張り付けられた掲示板があった。

 内容に目を通すまでもなく、曹操にはそれが袁紹の手紙であると分かった。


  整っているようでどこか稚拙な筆跡……出会ってすぐの頃の、袁紹の字だ。


<遅くなると母上が怒るので、本日はもうおいとまします。

 今日のお返しは、また後日改めて伺います>


 礼儀正しい、袁紹らしい文章だ。


「後日改めて、か……会う意思はあるようだな」


 その手紙からは、袁紹の会いたいような会いたくないような微妙な気持ちが見え隠れしていた。


  会いたい、だが今では都合が悪い。

  会う約束はしたい、だが今は心の整理がついていない。


 思えば、袁紹はいつもそんな感じだった。

 それを曹操が強引に遊びに誘って、連れ出していたのだ。


 今回も、それと同じことだ。

 袁紹が煮え切らない気持ちなら、こちらから押しかけてやるに限る。


「待っていろ袁紹、すぐに家まで迎えに行く」


 世話が焼けるなと思いながら、曹操は通りの奥に足を進めた。



 袁紹は霧の中から、曹操を見ていた。

 その目には、嫉妬とも憎悪ともとれる感情が滲んでいた。


「変わらぬな、曹操……」


 ぎりっと歯を噛みしめると、それに呼応するように血の穢れが蠢く。


 曹操は自分と自分が信じる世のためなら、ほぼ何でも斬り捨てられる。

 昔からそうだった。


  理論主義で、自分勝手で、横柄で。

  自分の理想にそぐわない人間の気持ちなど考えもしないで。


 曹操は召使いの怪物を、顔を見るまでもなく斬り捨てた。

 もしその顔が生きた人間のものだったら、どうだろうか。


 それでも、曹操はきっと斬り捨てたに違いない。

 仕方なかったのだと正論を吐いて、同じように首をはねただろう。

 曹操はそういう人間だ。


「何せおまえは、私のことも……!」


 そこまで考えると、袁紹は身を焦がすような怒りに襲われた。


  信じていたのに!

  曹操なら、きっと自分を拾ってくれると信じて!!


 だが、袁紹はそこでどうにか怒りを抑えた。

 曹操をここに呼んだのは、それを確かめるためでもある。


  このうえは、曹操が私をどう思っていたのか、存分に試させてもらおう。


 理不尽なのは承知のうえだ。

 だが、最初に自分を理不尽に切り捨てたのは曹操なのだから、お互い様だ。


 理不尽な不幸のたまった場所で、袁紹は静かに待っていた。

 曹操がここにたどり着き、心の底をさらけ出してくれる時を心から待ち望んでいた。

 歴史の中で、曹操の自己都合で殺された人間は相当数にのぼります。

 例えば、父親がそこの領主の部下に殺されたというだけで万単位の虐殺を受けた徐州の民。

 曹操の軍師として優れた功績を残しながら、曹操が漢王朝を滅ぼそうとするのに反対して自殺に追い込まれた荀彧。


 曹操は間違いなく、彼らの命や心よりも自分の理想を優先したのです。

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