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袁紹的悪夢行  作者: 青蓮
幕間~痴話喧嘩
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劉氏~愛惜の館にて(1)

 袁紹が前章で言っていたやり残したことの一つは、劉氏の気持ちを確かめ、しかるべき処断を下すことでした。


 夢の中に引き込まれた劉氏に、袁紹は真意を問います。

 気が付くと、劉氏は古い楼閣の中にいた。

 数日前、夫が劉氏の前に現れた時と同じ楼閣の一室に。


「劉、愛しいおまえを迎えにきたぞ!」


 数日前、夢の中に現れた袁紹は、こう言った。


「わしも尚も、他の妻と子たちも皆死んだ。

 わしの家族は皆死の世界に来て、あとはおまえだけなのだ。

 おまえがこちらに来れば、また元のように家族で暮らせる」


 生前と同じ姿で、袁紹は劉氏に手を伸ばした。


「どうした、何をためらう?

 わしを愛しているから、妾と子供たちを殺したのであろう?

 またあの世で、たっぷりかわいがってやるぞ!」


 その手がほおに触れたとたん、劉氏は反射的にそれを打ち払った。


「嫌よ、誰が死んでからもおまえなんかに!!」


 それが、劉氏の本心だった。


 劉氏は元々、袁紹を愛してなどいない。

 名家の正妻という栄光ある地位と、子供を通じてそれを意のままにできる権力に惹かれただけだ。


  利用できる袁家が滅びた今、袁紹への偽りの愛もとうに跡形なく消え去った。


 劉氏が嫌悪をあらわににらみつけると、袁紹は一瞬ひどく悲しそうな顔をした。

 そして、突然表情が変わった。


 ニタニタと、口角が不気味に上がっていく。

 けたけたと、乾いた笑い声が喉の底から響いてくる。

 それは生前の袁紹が見せたこともない、暗く歪んだ笑みだった。


「そうか、嫌か……愛していないか。

 くくく、生前は聞いたこともない言葉だな!」


 次の瞬間、劉氏の肩を袁紹が掴んだ。


「そのような言い訳が、今更通る訳がなかろう!!

 おまえが愛のためだと言ったからわしはおまえに権力を与えた!わしへの愛のためだと言ったから、審配はわしが愛した女と子供たちを葛藤の末手にかけたのだ!

 そこまでのことをしておいて、なかったことになどできるか!!」


 女の力では抗うこともできず、劉氏は袁紹の腕の中に抱きすくめられていた。

 着物ごしに、底冷えのするような死者の体温が伝わってくる。


「どうだ、冷たいだろう?

 こうなってしまった者は、もう二度と生き返ることはないのだ!

 わしの女たちと子供たちを皆こんな風にして、わしが喜ぶとでも思ったか!」


  温かい鼓動など、全く感じない。


 薄笑いを浮かべた袁紹の顔が下がってきて、氷のような唇が触れた。

 そのあまりに異質な嫌悪感に、劉氏は口をぎゅっと結んで拒んだ。


 それに気づくと、袁紹はあっけなく手を放して劉氏を解放した。


「どうやら……愛しておらぬというのが本当のようだな。

 ならばこちらにも考えがある」


 袁紹は憎しみに満ちた目で劉氏をしかと見据えて言い放った。


「生前の甘い言葉に免じて、今宵は放してやろう。

 だが、わしはずっとおまえの側にいる。

 そしておまえが再び眠りについた時、再びおまえを捕まえて今度は地獄に落としてやる!」


 それが、前に眠った時に袁紹が出した条件だった。


  次に眠った時に、今度は確実に地獄に落としにやって来る。


 だから、劉氏は眠りたくなかったのだ。

 特に、半分下賤のくせに高貴なこの体を抱き、下賤の血が混じった子を産ませておいて結局何も残せなかった期待はずれのクズになど、絶対に屈したくなかった。


 だが、それが袁紹の与えた拷問であったと劉氏は思い知ることになる。


  眠りを与えないというのは、そもそも拷問の手段なのだ。


 人間、生きていれば体は自然に眠りを欲する。

 だが、少しでもまどろめばすぐ側に袁紹の気配がまとわりつく。

 それがどんなに恐ろしくて眠るのが怖くても、睡魔は容赦なく襲ってくる。


 一日二日なら、夜をどうにか耐えて太陽の光を浴びれば少しは目が覚める。

 だがそのうち、太陽の光も何の役にも立たなくなる。


  必死で茶を飲んで厠に通っても、その足元すら定まらなくなる。

  己に痛みを与えようとしても、もう手足に力が入らない。

  強い香りや味で目を覚まそうとしても、強い眠気が感覚を遮断してしまう。


 それでも劉氏は抵抗した。

 卞夫人の言うように謝って愛を誓えば助かるのかもしれないが、あくまでそれを拒んだ。


(だって、私は悪くない!!)


 今日、卞夫人が訪れたのは、最後のチャンスだったのかもしれない。

 くだらないプライドを捨てて卞夫人にすがって助力を求めれば、道士を呼んでお祓いくらいは手配してくれただろう。

 そしてそのお祓いの時間まで、劉氏が眠らないように話し相手になってくれただろう。


  それを放り投げたのは、劉氏自身だ。


 卞夫人との口げんかの後、興奮が冷めていく引き潮に乗って、強烈な眠気が劉氏の意識を闇に落とした。

 おそらく、もう二度と出られぬであろう地獄の入り口に。

 劉氏は袁譚や袁術と同じように、家柄や血筋に縛られた人間です。

 それゆえに、袁紹を心の底で憎み、拒絶していました。

 しかし、袁紹が生きているうちは自分の子を跡継ぎにするために愛情を演じ続けてきたのです。


 その化けの皮がはがれた時、袁紹は劉氏に過酷な拷問を課したのでした。

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