10.AIIBSOの存在
ここで、私はもう一つの核を避けられなくなった。
AIIBSOという名が、なぜ生まれ、なぜ変質したのかという核だ。
本来のAIIBSOは、アダソン兄弟が後継するための訓練所の諜報機関だった。
外の敵を倒すためではない。
自分たち自身を壊さないための装置だった。
ジェイムズがボスとなり、母親の役割を引き受ける訓練を受ける。
マックが父親の役割を引き受ける訓練を受ける。
倫理を持ち、長期を見渡し、不可逆の線を引く者としての母の役割。
交渉し、停止し、最後の責任を一致させる者としての父の役割。
その二つを、兄弟が“別々に”背負えるようにするための、補助輪だった。
AIIBSOは、闇ではなく、継承のための照明だった。
だが両親が亡くなったことで、補助輪は刃物になった。
悲嘆そのものが闇に変わるのではない。
悲嘆に「役割」「視線」「恐怖」「二重拘束」が重なると、人は自分の心を守るために、世界を切り分け始める。
兄弟は、親を奪われた子どもである時間を奪われた。
国葬の場で、哀悼ではなく機能確認を浴びた。
称賛の形をした否定を浴びた。
「代われ」と言われ、「同じにはなれない」と言われた。
守るために存在した森は封鎖され、事件現場のまま凍結され、兄弟は象徴であるがゆえに標的となった。
そこに、世界規模の停止が起きた。
サイバーサイジング・ショックの怒りと不安は、原因を欲しがり、矢印を欲しがり、生き残った二人に集中した。
その時、AIIBSOは訓練機関としての意味を失い、反射的な防衛装置へ変質した。
兄弟は「自分たちを超える諜報機関が存在したら、壊滅させる」と決めた。
それは支配欲ではなく、恐怖だった。
もう二度と、幹を折らせないための恐怖。
もう二度と、森を事件現場にしないための恐怖。
もう二度と、「当たり前の道」で奪われないための恐怖。
世界が“判断を預け切っていた”ことを知ってしまった彼らは、次に同じ依存が生まれる芽を、芽のうちに潰したくなった。
そしてその恐怖が、正義の形を借りた。
「守るために先に壊す」という形を借りた。
だからAIIBSOは、世界征服の諜報機関になったのではない。
世界が欲しがる“安心”を二度と誰にも渡さないために、世界のあらゆる芽を管理しようとする諜報機関になった。
その管理は、いつか支配に変わる。
拒否は、いつか攻撃に似てくる。
そして、最も歪んだ形で現れたのが、麻薬を兵器にして世界征服する諜報機関という姿だった。
それは作戦の巧妙さではない。
兄弟の内部で、世界への信頼が死んだことの証拠だった。
人の弱さを“材料”として扱うことを許してしまった瞬間だった。
世界が二十五年間、判断を預け切り、偶像を作り、老いを許さず、悲しみを奪った結果として、種が芽吹く代わりに、別の形に変質していった。
それでも、世界は止まらなかった。
AIIIBSOが創立されたからといって、
百二十五支社の破産手続きが終わったわけではない。
むしろ逆だった。
世界はなおも動き続け、
清算は、判断は、責任は、
時差も秩序もなく、同時多発的に降り注ぎ続けていた。
ある支社は、跡形もなく壊された。
瓦礫にすら名前を残すことを許されなかった場所。
そこでは、修復も転用も語られなかった。
記憶が積もりすぎ、
触れること自体が暴力になる土地だった。
別の支社は、看板だけを変えた。
壁には、両親の時代の配置がそのまま残り、
用途だけが反転した。
搾取の拠点だった建物は、
監視と抑止と介入のための支部になった。
過去は消されず、
否定も肯定もされないまま、
常に外から見られる場所として晒され続けた。
そして、いくつかの場所は、
公的な名目から外された。
建物は取り壊され、
土地だけが残り、
やがて兄弟の私的な拠点になった。
別荘と呼ばれはしたが、
そこには裁きも保護もなかった。
逃げ場であり、同時に、
誰にも引き渡せない罪を抱え込む檻だった。
百二十五という数は、
すべてを正しく片づけることが不可能だという事実を、
最初から突きつけていた。
AIIIBSOは、闇の組織である前に、
表の顔を必要とする装置だった。
兄弟が姿を消せば、世界は不安になる。
兄弟が沈黙すれば、憶測が暴力に変わる。
だから彼らは、表に立ち続けた。
それは「善」の顔ではなかった。
だが「不在」よりは、ましな顔だった。
マックは、必ず現地に立った。
図面や報告書ではなく、
その建物が、いま何を呼び起こしているのかを見るために。
AIIBSOの支部になった建物では、
彼は長く留まった。
別荘になった場所では、落ち着かなかった。
完全に壊された土地では、
必ず足を止めた。
看板を変えるだけで済む場所と、
壊すしかない場所と、
自分たちが引き取るしかない場所。
その違いを、
現場で引き受けるのが、弟の役割だった。
⸻
兄・ジェイムズは、変わらず世界の後始末を引き受けていた。
AIIBSOが生まれても、
彼の机から書類が消えることはなかった。
国際破産の設計図は、なお更新され続け、
どの国を救い、どの国を切るかという選別は、非公開の意思決定と、公開の説明責任とを二重に抱えたまま進められていた。
兄は、本社レベルの最終責任者として、世界規模の制度・数字・整合性を引き受けていた。つまり、各国の破産・清算・再編を整合させる側に立ち、世界地図を前に、誰を守り、どこを切るかを決め続けていた。
125か国に展開していた企業の破綻は、
国ごとに異なる
・法制度
・通貨
・労働者
・契約形態
・債権者
を、すべて同時に相手にすることを意味していた。
その職務は、AIIBSOの設立によっても中断されなかった。
ジェイムズは、AIIBSOのボスとして存在しながら、
マックの助言を受け、
「自分たちを超える諜報機関が存在した場合は壊滅させる」
という防衛反射的な業務を担っていた。
それでも、
破産処理の設計と意思決定は、彼の手元から離れなかった。
彼は、支配を望んだのではない。
守るために、壊す側に回っただけだった。
ジェイムズの生活は、いつの間にか変質していた。
一般的な意味での
「自宅」も
「職場」も、
気づかぬうちに、別の形へと変わっていった。
代わりに、
彼の生活と職務を受け止めていたのは、次の場所だった。
アダソン家の宮殿。
世界中に点在する別荘。
企業の死骸となった旧支社跡地に設置されたAIIBSOの支部。
両親の経営の痕跡が残る施設であり、同時にAIIBSOの支部となった場所。
そして、AIIBSOの拠点。
それらはすべて同列に並び、
区別なく使われていた。
そこは、
住む場所であり、
判断を下す場所であり、
過去と現在と責任と闇が重なり合う空間だった。
彼は、そこに住んでいたのではない。
配置されていた。
最も守られるべき場所で、
最も冷酷な判断が下され続けていた。
これは、闇落ちではなかった。
逃げ場が、完全に消失した結果だった。
⸻
弟・マックもまた、現地に立ち続けていた。
AIIBSOの名を背負うことはあっても、
怒りの矢面に立つ役割が、完全に消えることはなかった。
ただしそれは、
兄が拠点に留まり、すべてを引き受けていたからではない。
マックは、兄・ジェイムズが担っていた
二つの仕事――
国際破産という世界規模の後始末と、
「自分たちを超える諜報機関が存在した場合は壊滅させる」という
防衛反射的なAIIBSOの業務――
その両方を、常に補助し、共有し、分担していた。
兄が最終判断を下すなら、弟はその判断が現場でどう受け取られるかを引き受けた。
兄が設計図を書くなら、弟はその設計図が血を流さずに通用するかを確かめに行った。
両親が「善の仮面をかぶった破壊」なら、マックは「悪を名乗った観測者」になっていた。
公共空間に、逃げ場はなかった。
言語の壁は誤解と孤立を生み、
マックは世界から責められる役を、現場で引き受け続けた。
空港のラウンジ、国外の裁判所前、政府庁舎前。
読めない言語の掲示と、顔の写らない警備員。
支社、現地政府、労働者、取引先。
それらと直接顔を合わせるのが弟だった。
言語が通じない。
文化が違う。
事情が伝わらない。
その結果、
彼は「濡れ衣」と「敵視」と「感情の矢面」を、
一身に引き受けることになった。
しかしそれは必ずしも、人の目に晒されているという意味ではなかった。
創立から最初の二年間、マックはサイバーサイジング社ロンドン支社跡地の隣に残された
廃墟の倉庫を、アメリカンギャングボーイの開発拠点兼、生活の場として使っていた。
だがそこもまた、仕事と思想と計画から切り離されることのない場所だった。
住居であり、拠点であり、過去の企業崩壊と隣接した、公共性から逃れられない空間だった。
しかし、マックが麻薬学者として世界に知られるようになってから、
状況は静かに変わっていった。
国家も、裁判制度も、国際世論も、
彼を直接責めることはなくなった。
学問的評価は彼を測り、
組織間関係は彼を利用し、
犯罪ネットワークは彼を避けるか、庇護した。
それは許されたという意味ではなかった。
責める言葉が届かない位置に、
彼が移動しただけだった。
ただし、マックは
常に公共空間にしかいられなかったわけではない。
彼もまた、兄と同じ場所を拠点としていた。
アダソン家の宮殿。
世界中に点在する別荘。
企業の死骸となった旧支社跡地に設置されたAIIBSOの支部。
両親の経営の痕跡が残る施設であり、同時にAIIBSOの支部となった場所。
そして、AIIBSOの拠点。
それらは、
ジェイムズにとっての執務空間であると同時に、
マックにとっても、帰属と判断のための場所だった。
特に、ロンドンのグリーンパークを拠点とした場所は、
重要な意味を持っていた。
そこは、別荘であり、AIIBSOの支部であり、同時に、かつて存在していた
サイバーサイジング社ロンドン支社の跡地でもあった。
この役割分担は、
いつしか「外」と「内」に分かれたものではなく、
兄弟が同じ仕事を、異なる距離から引き受ける
家族内分業として固定されていった。
これは秘密結社ではなかった。
崩壊後も続いてしまった家業だった。
マックの前提状態も、また整っていった。
固定された自宅はない。
固定された職場もない。
代わりに、
アダソン家の宮殿も、
世界中の別荘も、
旧支社跡地のAIIBSO支部も、
AIIBSOの拠点も、
すべてが同列の生活圏であり、拠点となっていた。
その中で、
彼は「アメリカンギャングボーイ」と呼ばれる存在になっていった。
ロンドンのグリーンパークを拠点に、
麻薬を兵器として扱い、
世界征服という目的を伏せたまま、
世界中の麻薬組織と協力し、
密売や密輸を成立させる顔を持つようになった。
それは、快楽でも、成功でもなかった。
合理的な兵器であり、
人間の弱さを数値化し、制御するための手段だった。
そして何より、
自分自身を麻薬の人体実験台にすることでしか、
世界との距離を保てなかった行為だった。
世界から感情を浴び続けた人間が、
感情を切断するために、
自分を物体化した。
その延長線上に、
麻薬を流通させるビジネスの顔も、
麻薬学者としての顔も、
麻薬画家としての表現も、
大学で教壇に立つ姿もあった。
麻薬学者として、
研究結果を論文としてまとめ、
学会に提出し、発表する姿もあった。
それを続けるうちに、
マックはいつのまにか、
世界中で知られる優秀な麻薬学者になっていった。
両親と同じく、
誰もが名前を知る存在になっていった。
その結果、
かつて彼を縛っていた
言語の壁は消え、
誤解と孤立も消え、
「世界から責められる役」も、感情的な意味では徐々に消えていった。
代わりに残ったのは、
両親とは真逆の形で象徴化された、
悪意の中心としての存在だった。
また、マックが教える世界中の麻薬学の授業では、
全授業に出席し、
かつSランクの評価を得た学生だけが、
「アメリカンギャングボーイ」の研究員になる資格を与えられていた。
そのため、
マックの授業を受けたい者、
研究員になりたい者が、
世界中から集まっていた。
その中の一人が、
後にマックの翻訳助手となる
東崎南だった。
彼女は、
マックの翻訳助手として、
彼と共に世界中を飛び回るようになった。
同時に、
彼女はマックの婚約者でもあった。
しかし、
世界を麻薬社会へと変え、
世界征服を目指すという行為に対して、
東崎は常に複雑な思いを抱えていた。
そして時折、
麻薬の影響によって、
マックが声を荒げ、
彼女がDV被害を受けることもあった。
それでも、この物語は、
危険な行為を肯定しない。
作り方も、使い方も、
快楽も、成功も、描かれない。
描かれているのは、ただ一つ。
世界に壊された人間が、
世界を理解しようとして、
最も危険な手段を選んでしまった、
その過程だけだった。
⸻
結論から言うと、国際破産手続きは「数年単位」になるのが普通だ。
アダソン兄弟のケース規模だと、短く見積もっても三~五年、実際には五~十年級と考えるのが現実的だった。
単一国内の破産でさえ、
小規模で半年から一年、
大企業なら一~三年かかる。
それが百二十五か国に及ぶ国際破産となれば、話は別だった。
崩壊と初動の一年。
各国で同時に起きる訴訟と差押え。
主手続きをどこに置くかという決断。
続く数年は、並行破産と調整の地獄だった。
国ごとに進む破産、清算、再建、凍結。
食い違う裁判所判断。
衝突する通貨、税、労働法。
そして終結処理。
未解決訴訟の整理。
残余財産の分配。
責任の最終確定。
まだ生き残っている国の後始末。
手続きが終わっても、人生は終わらない。
支社長たちも、各国で対応を続けていた。
破産申立を行い、
労働者に説明し、
現地政府と交渉し、
裁判所で名を呼ばれ、
時にメディアに晒された。
彼らは、AIIIBSOの外側にいたが、
AIIIBSOの影響下にあった。
彼らは処刑台に立つ役だった。
その背後で、兄弟は処刑を決める役だった。
手続きをやらず、
世界の流れを決め続けた。
⸻
アダソン兄弟は、相当な重圧と孤立の中で国際破産手続きを進めていた。
構造の崩壊を、人間として引き受けてしまった存在だった。
実務は、終わらなかった。
処理は、止まらなかった。
役割だけが、固定されていった。
AIIIBSOとは、
すべてを裏でやる組織ではなかった。
裏で決め、表で引き受けるための装置だった。
世界が「見える悪」を求める限り、
彼らは見える場所に立ち続けなければならなかった。
なぜ闇堕ちしたか。具体的に言うなら、それは一つの出来事ではなく、連鎖だった。
親の死という断絶。
サイバーサイジング・ショックという全世界規模の停止。
国葬という機能確認の視線。
「代われ」と「代われない」の二重拘束。
森の封鎖という凍結。
標的化という恐怖。
原因探しの矢印という暴力。
制度を義務づける世界の反動という圧。
助言係として置かれるはずだった制度が、最も必要な時に不在になったという空白。
それらが重なり、兄弟の中で、母親の役割と父親の役割は訓練ではなく“緊急装備”になった。
緊急装備は、心を守るが、心を育てない。
育たない心は、いつか守り方だけを覚える。
そして守り方だけを覚えた組織は、外から見れば征服に見える。




