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8.アダソン兄弟の闇堕ち

奪ったのは事故ではない。

事故は引き金にすぎない。

奪われたのは、手順だった。

親の死で、共同署名の準備は断絶し、助言と制動として置かれるはずだった制度も同時に消えた。

本来なら兄弟の上に置かれるはずだった代表取締役会、倫理委員会、会長としての夫妻。

それらは兄弟を縛るためではなく、兄弟を守るための壁だった。

だが壁は、必要な瞬間に存在しなかった。


そして世界は、痛みを原因に押し込めるために、矢印を探した。

最も分かりやすい矢印は、生き残った二人だった。

世界は言い換えを始めた。

「兄弟が会社を止めた」

「逃げた」

「結局は家族経営の限界だった」



そして、彼らにはもう一つの矢印が刺さった。

国際破産手続き。


それは破壊のための制度ではなかった。

損害と責任を国際法の枠内に収め、世界の混乱をこれ以上拡大させないために用意された、極めて冷静で、極めて現実的な「止め方」だった。


サイバーサイジング社は、すでに止まり始めていた。

鍵は失効し、ライセンスは更新されず、運用は国境を越えて連鎖的に停止していく。

このまま放置すれば、世界中で同時多発的に事故と混乱が起きる。

兄弟の前に残された選択肢は、暴走しかけた巨大構造を、法によって止めることだけだった。


だから彼らは、国際破産手続きを選んだ。


しかも、その提出先はアメリカだった。


理由は明確だった。

アメリカは、国際破産を「制度として」扱える数少ない国だった。


挿絵(By みてみん)


Chapter11──再建型倒産。

Chapter15──国際倒産、越境破産。


とりわけ Chapter15 は、

百を超える国に展開し、

国家・政府・国際機関と契約を結び、

巨大な知的財産とインフラ資産を抱える企業を想定して設計された制度だ。


サイバーサイジング社の規模と性質に、完全に一致していた。


もし日本で出せば、「なぜ日本が裁くのか」という疑義が生まれる。

欧州で出せば、主導権争いが起きる。

中国や新興国で出せば、政治的報復に発展しかねない。


どの国が裁くか、それ自体が新たな火種になる。


その点、アメリカの連邦破産裁判所は違った。

世界中の企業倒産を扱ってきた前例があり、国際金融と契約のハブとして機能し、

事実上、「中立的裁定所」として世界に認識されている。


世界が、唯一、飲み込める場所。


さらに重要だったのは、ここだった。


兄弟は、無罪を主張しなかった。

すべてを説明もしなかった。

だが、逃げもしなかった。


アメリカの破産裁判所は刑事裁判ではない。

善悪を断定しない。

事実と責任を、淡々と整理する。


つまりそこは、

「悪役を固定したまま、世界を静かに解体する」

という、残酷だが必要な役割を果たせる場所だった。


象徴的に言えば、創業者夫妻は国家を超えた存在であり、兄弟は国家の法に身を委ねた存在だった。


兄弟は、神話を、法の下へ引きずり下ろした。

アメリカの裁判所は、その舞台だった。


提出は深夜だった。

記者会見は行われなかった。

書類は淡々と公開され、添えられた言葉は一行だけだった。

「コメントは差し控える。」


そして翌朝、

世界中の政府と企業が、それを知る。


――これは、終わったのだ。


だが、国際破産は一か所に出せば終わる話ではない。


サイバーサイジング社は、125か国に支社を持ち、

数万人から十数万人の従業員を抱え、

各国政府、企業、軍事、インフラと契約していた。


破産とは単一のイベントではない。

破産とは、世界的な解体オペレーションだった。


本社はアメリカだった。

親会社、持株会社、知財、中枢システム、国際契約の統括。

Chapter11/Chapter15によって、世界全体の枠組みを決める。


その一方で、各国支社は別だった。

現地法人、雇用契約、税務、不動産、政府契約。

それぞれの国の法律で処理するしかない。


日本では民事再生や会社更生。

欧州では各国の倒産法。

新興国では清算や国有化、契約解除。


125か国すべてが、同じ結末になることはあり得ない。


それらを束ねたのが、Chapter15だった。

アメリカの裁判所が主手続きを認定し、

各国支社の手続きを従手続きとして承認し、資産と情報と債権の暴発的流出を一時的に凍結する。


世界がバラバラに壊れないための、最後の制御だった。


なぜ、それを兄弟がやらねばならなかったのか。


創業者夫妻が動けば、政治問題になる。

夫妻が声明を出せば、国家介入になる。


だから兄弟が、名前を出し、

書類に署名し、世界中の支社へ通知を出した。


濡れ衣を含めて、

「人間の責任」として引き受けるために。


各国支社長たちは、現地政府と調整し、

従業員の暴発を抑え、データと資産の散逸を防いだ。


だが同時に、本社の命令を超えなかった。

勝手な正義を振りかざさなかった。


彼らは、止めた。

だが、最後までは止めなかった。


結果として、支社ごとに、破産、再建、清算、事業譲渡が分かれた。


本社は静かに終わり、支社では国ごとに明暗が分かれ、救われる従業員と切り捨てられる従業員が生まれ、夫妻は沈黙し、

兄弟は書類の山の中で世界を畳んだ。


これは悪ではない。

巨大すぎた神話を、人間の手で解体した話だった。


だが世界は、それをそうは見なかった。


国際破産手続きは、「逃亡」や「放棄」と言い換えられた。

崩壊を止めるための法的手段は、

崩壊の犯人探しの材料に変換された。


濡れ衣だった。


兄弟が闇に堕ちたのは、その瞬間だ。


悲しみだけで、人は闇に落ちない。

悲しみに、世界の幼さが加わると、人は壊れる。


親を奪われた子どもでいる時間を奪われ、

機能確認の視線を浴び、

「代われ」と「代われない」の二重拘束を受け、

正しさのために踏んだ国際破産手続きさえ罪に加工され、

最後に「逃げた」「止めた」と言い換えられた。



アダソン兄弟は、相当な重圧と孤立の中で国際破産手続きを進めていた。

構造の崩壊を、数字ではなく、人間として引き受けてしまった存在だった。



そのとき、兄弟の中で一つの結論が固まる。


この世界は、次の幹を受け取る準備ができていない。

この世界に、判断を渡してはいけない。



兄弟が闇堕ちしたのは、その瞬間だ。

悲しみだけで闇には落ちない。

悲しみに、世界の幼さが加わると、人は壊れる。

親を奪われた子どもでいる時間を奪われ、

機能確認の視線を浴び、

「代われ」と「代われない」の二重拘束を受け、正しさのために踏んだ国際破産手続きさえ“罪”に加工され、

最後に「逃げた」「止めた」と言い換えられた。


そのとき兄弟の中で、ひとつの結論が固まる。

この世界は、次の幹を受け取る準備ができていない。

この世界に、判断を渡してはいけない。


本来のAIIBSOは、芽を育てる土だった。

だが土が凍った。

森が封鎖され、晒し台になり、種に芽吹く自由が与えられないなら、土は訓練ではなく武装になる。

兄弟はAIIBSOを、継承のための諜報機関から、拒否のための諜報機関へ変質させた。


自分たちを超える諜報機関が存在したら、壊滅させる。

それは支配欲ではなく、恐怖だった。

幹を二度と折らせないための恐怖。

「当たり前の道」で二度と奪われないための恐怖。

そして最も深いのは、世界がまた誰かを“老いない偶像”に固定し、同じ崩壊を繰り返すことへの恐怖だった。


だから彼らは破壊を選んだのではない。

拒否を選んだ。

世界が欲しがる幹にはならない。

世界が欲しがる安心を二度と作らせない。

それが、彼らに残された最後の線引きだった

そして本来、兄弟に引き継がれた時点から、助言係として制度が置かれるはずだった。

代表取締役会、倫理委員会、そして会長としての夫妻。

それらは指揮命令を奪うためではない。

兄弟の上に“止める影”を置き、世界が「二人が消えても、仕組みが残る」と学習するためだった。

つまり制度は、兄弟を縛る鎖ではなく、世界から兄弟を守る壁になるはずだった。

だが、その制度の設置は、夫妻の死で一度に断たれた。

助言者は消え、移行の儀式は未完となり、世界だけが結論を急いだ。


会社の中には、運用を回せる者がいた。

数字を整える者も、法務を守る者も、技術を束ねる者も。

組織図は整っていた。むしろ過剰なほど整っていた。


だが整っているからこそ、最後が浮き上がる。

頂点には取締役会でも独立倫理委員会でもなく、夫妻が立つ。

欠けていたのは管理ではない。

例外を生むことなく「止める権限」を分配する方法だった。


制度化すれば「今回は特例で」が入り込む。

合議にすれば責任が薄まる。

倫理を形式にすれば言葉の抜け道が増える。


夫妻が恐れていたのは暴走ではない。

例外が“正当な顔”で入り込むことだった。

だから最後の鍵は制度に置けなかった。置けたのは人間の線引きだけだった。


世界が依存したのは、便利さではない。

「歪まない否」だった。


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