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4.国際企業統治法の施行

そしてショックの後、世界はようやく企業テロ対策としても“再発防止”という名の恐怖に辿り着いた。

制度を置かないこと自体が、もはや自由ではなく、危険だと判断された。

サイバーサイジング社のように、人に制度を埋め込み、文化で回す会社であっても、これから創業する企業であっても、一定規模以上の企業には、代表取締役会や独立監査、倫理機関、緊急停止権限の所在を、法の形式として必ず備えることが義務づけられた。

制度を置かない場合は罰せられる。

それは規制ではなく、世界が自分の幼さに気づいた証拠だった。

「任せる」ことをやめるのではなく、「預け切る」ことを禁じるための、遅すぎた柵だった。


世界はさらに踏み込んだ。

**“制度を欠いた企業ほど、広報で人格を肥大化させる”**ことを学んでしまったからだ。

だから国際企業法は、会社の中身だけではなく、会社が外に向けて語る「顔」そのものにも規制をかけた。


国際企業法(通称:国際統治透明化法)は、上場企業と一定規模以上のグローバル企業に対し、代表取締役社長挨拶のページを「広告」ではなく「統治情報の公示」として扱うことを義務づけた。

写真は“人物の魅力”を載せる場ではない。文章は“善意”を誓う場ではない。そこは、社会が企業を信頼するための最低限の設計図を提示する場だ、と。


具体的に求められたのは、こういうことだった。


社長挨拶の画像は、個人の私生活や家族性を強調してはならない。身体接触や抱擁、親密さを連想させる構図は禁じられた。撮影場所は、社長室・私邸・執務机を特定できる空間を避け、企業の「制度」を象徴する中立空間――公開可能な会議室、受付ホール、監査・倫理機関の掲示がある場所など――に限定される。写真には撮影場所と撮影日、役職、統治体制の参照先(取締役会・監査・倫理機関の連絡窓口)が併記され、ロゴは人物を“支配する背景”として使用してはならない。ロゴは署名に近い位置で、あくまで組織の記号として控えめに置かれなければならない。

つまり、「この人がいるから大丈夫」と読める構図を、制度として禁止した。


そして挨拶文は、“人格宣言”の文法を避けるよう定められた。

「善意」「信頼」「想い」といった反論不能な言葉で統治を代替してはならない。代わりに、意思決定がどこで、誰の権限で、どの手続きで止まり、誰が監査し、誰が異議を申し立てられるのかを明示しなければならない。緊急停止権限の所在と発動条件、内部通報の経路、独立倫理機関の権限、トップの不在時に代行する体制、承継の基準と時間計画――それらが「挨拶」の中に、最低限の定型として含まれることが義務になった。

“私たちが守ります”ではなく、“守れるように設計されています”を語れ、と。


守らなかった企業はどうなるか。

罰金だけではない。統治情報の不備は、国際取引の停止、ライセンスの更新拒否、入札資格の剥奪、金融機関の与信制限へ直結する。

世界はもう、“安心の写真”に戻らない。戻れない。


そして歴史は、残酷な注釈を添える。

あの黄金期の一枚が、もし当時から規制されていたなら。

あの挨拶文が、もし当時から「制度の説明」を義務づけられていたなら。

世界は、幹が折れた瞬間に幼くならずに済んだのかもしれない、と。


だが、そうはならなかった。

規制は、いつだって悲劇の後に来る。

人類は、壊れてからしか学べない。

だから法は、夫妻を責めるためではなく、世界自身の幼さを二度と繰り返さないために作られた。

――遅すぎた柵として

国際企業統治法

― 代表取締役社長挨拶の表示および記述に関する規定 ―

第1条(基本原則)


代表取締役社長挨拶は、企業の人格的表現ではなく、

統治構造および意思決定過程を社会に対して開示するための公的情報であると定義される。


当該挨拶は、企業の善意、思想、感情、信念を表明する場ではなく、

企業がいかに制御され、いかに誤りを止められるかを示すための文書とする。


第2条(文章構成の義務)


代表取締役社長挨拶には、以下の事項を必ず明示しなければならない。


最終意思決定機関の所在

 (取締役会、会長職、代行順位および権限範囲)


独立監査機関の権限と範囲

 (監査対象、実施頻度、報告の公開方法)


独立倫理機関の設置と権限

 (是正勧告、停止勧告、調査権限の有無)


緊急停止権限の所在

 (誰が、どの条件で、どの業務を停止できるか)


内部通報および外部通報の経路

 (匿名性の有無、報復禁止の明示、第三者窓口)


承継計画の明示

 (代表不在時の代行体制、権限移譲の条件、移行期間)


統治が人格に依存しないことの明示



第3条(禁止される表現)


以下の語句、表現または記述内容は、

統治制度、監査制度、責任所在その他の

具体的制度説明を伴わずに使用した場合、

当該挨拶をもって違反とみなされる。


「善意」


「善」


「信頼」


「想い」


「志」


「家族」


「私たちが守る」


「責任をもって」


「誠実に」


「愛」


「信じてほしい」


「パートナー」


「引き受ける」


「夢」


「未来」


「最後まで」


「一緒に」


「仲間」


「希望」


「1社1社」


「一人一人」


「真摯」


「全員」


「みんな」


「貢献」


「笑顔」


「喜び


「感動


「感激」成果、適正性または社会的影響を、感情的反応または主観的満足によって代替的に示唆する目的で用いられるもの)


「約束」(履行条件、責任主体および不履行時の是正手続を制度として明示しないまま用いられるもの)


会社の規模(支社数、社員数その他の量的指標)

※制度的裏付けなく、信頼性・安全性・倫理性を

 示唆する目的で用いる場合


世界、地域などの曖昧な対応の広さ


創業から現在までの会社の歴史を語る行為


会社の規模(支社数や社員数など)


また代表取締役社長挨拶において、事業対象、対応範囲または責任範囲を示す表現が用いられる場合、当該範囲を確定する制度的根拠が併記されなければならない。


地理的範囲を特定しない表現、または複数法域にまたがる可能性を示唆する表現については、適用される統治機関、監督権限および停止手続を明示することを要する。


また、拠点数、人員数その他の量的指標は、統治能力、監督体制または是正手段を直接説明する場合に限り、当該制度との対応関係を明確にしたうえで記載されるものとする。


量的指標をもって安全性、適正性または責任遂行能力を示唆する記述は、制度説明を欠く限り、これを認めない。


これらの語は、理念の表明としてではなく、制度の補足説明としてのみ使用できる。


すなわち、


「お客様の笑顔のために」

「感動を届ける企業として」

「多くの感激の声をいただきました」

「苦情件数が基準値を超えた場合、

当該製品の出荷は自動停止される」

「第三者調査の結果は全件公開される」



「私たちはお客様に品質を約束します」

「社会への責任を果たすことを約束します」

「品質基準未達時には出荷停止権限が発動され、その判断は品質監査委員会が行います」


✕「私たちは善意で行っています」

〇「善意が暴走しないよう、以下の監査制度が設けられています」


✕「社員は家族です」

〇「雇用関係は契約に基づき、評価と解任は制度によって行われます」


✕「私たちが責任を持ちます」

〇「最終責任は取締役会に帰属し、当職は執行責任を負います」



第4条(代表取締役社長挨拶画像の規制)


代表取締役社長挨拶に掲載される画像は、以下の条件を満たさなければならない。


私的関係性を示唆する構図を禁止する


家族・配偶者・親族との同時掲載


身体的接触(抱擁・手を取る等)


私的空間(自宅・私室・執務机の私物)


人物が組織を象徴しすぎない構図とする


ロゴが人物を包囲・支配する構図を禁止


人物が中央に据えられ、背景が従属する構図を禁止



撮影場所の限定


社長室・執務机・私的空間の使用を原則禁止


公開可能な会議室・中立的空間に限定


撮影情報の明示


撮影日


撮影場所


被写体の役職


統治情報への参照リンク



第5条(象徴化の禁止)


代表取締役は、企業の象徴として扱われてはならない。


企業の象徴は制度であり、

個人は常に交代可能であることが、

文章および画像の両方で明示されなければならない。


これに違反し、

「この人物がいる限り安全である」と社会に誤認させた場合、

当該企業は統治情報虚偽表示として処分対象となる。



第6条(立法趣旨)


本法は、過去の失敗を糾弾するためのものではない。

人間が善意であることを前提にしないための法律である。


善意は否定されない。

だが、善意に依存する構造は、再び世界を壊す。


よって企業は、こう書かねばならない。


「私たちは正しい」のではなく、

「正しさが暴走しないよう、止め方が設計されている」


それを示すことこそが、

現代企業に課せられた最低限の責任である



代表取締役社長の「可視性」に関する規定


サイバーサイジング・ショックの後、世界はようやく理解した。

問題は、制度がなかったことではない。

制度よりも先に、人物が見えすぎてしまったことだった。


あの時代、世界は同時にいくつもの「夫妻」を見ていた。


国家元首と並ぶ夫妻


企業ロゴの前に立つ夫妻


顧客と微笑み合う夫妻


家族として語られる夫妻


年中行事で言葉を述べる夫妻


子ども向け商品として消費される夫妻


それらは別々の場面でありながら、同時に存在していた。

だが世界は、それらを別物として認識しなかった。


「この人たちは、どこにでもいる」

「この人たちは、すべてを知っている」

「この人たちは、正しい」


そうして人々は、構造ではなく人格を信じるようになった。


だから国際企業統治法は、ついにそこへ踏み込んだ。


国際企業統治法・第Ⅴ章

― 代表取締役の公的行動および露出に関する規制 ―

第1条(代表取締役の象徴化の禁止)


代表取締役は、企業の象徴として扱われてはならない。


以下の行為は、

企業の統治構造を誤認させるおそれがある行為として制限される。



第2条(国家・公的機関との接触に関する規制)


代表取締役が国家元首、政府要人、国際機関の長と面会する場合、面会はすべて非公開とする。


写真・映像の公開は禁止


会談内容は、制度単位で記録され、個人名は原則伏せる


表敬・親交を示す演出は禁止


理由は明確だった。


企業代表と国家元首が並ぶ構図は、

企業を国家と同列に見せてしまうからである。



第3条(顧客・一般市民との接触の制限)


代表取締役は、以下の行為を禁止される。


顧客との直接的な対面営業


顧客との記念撮影


「会いに行ける経営者」としての演出


感情的な言葉を用いた個別対応


これらはすべて、

制度ではなく人物への信頼を誘導する行為と定義された。


第4条(家族的イメージの利用禁止)


代表取締役およびその家族について、以下を禁ずる。


公的広報における家族写真の使用


家族関係を強調する言動


「夫婦経営」「家族で支える会社」といった表現


私生活を企業イメージに接続する行為


理由は一つ。


家族は統治機構ではない。

にもかかわらず、人はそこに安心を見てしまうからだ。



第5条(年中行事・式典での発信制限)


代表取締役は、年始・周年・式典において、


個人的信念


人生観


想い


感謝


愛情


を前面に出す発言をしてはならない。


代わりに求められるのは、


制度の運用状況


監査結果


是正事例


次期承継計画


である。


「感動させる言葉」は、統治を曇らせるからだ。



第6条の1(商品・玩具・キャラクター・制服・服装の象徴化の禁止)


代表取締役およびその家族の肖像を、


玩具


キャラクター


マスコット


記念グッズ


として流通させることを禁ずる。


これは人権保護の観点だけでなく、


人格を商品化した瞬間、

企業はそれを失えなくなる


という過去の失敗から導かれた条文である。


第6条の2(代表取締役の外観および服装に関する規制)


代表取締役は、その外観および服装において、

企業の象徴として過度に記号化・視覚的強調がなされることを避けなければならない。


具体的には、以下を禁止または制限する。


・特定の色彩、意匠、装飾を継続的に用い、人物そのものが視覚的記号として認識される状態

・意図的に記憶に残る制服、象徴的スーツ、反復的スタイルの固定化

・企業イメージと不可分に結びつく服装(いわゆる「顔になる装い」)

・役職を超えて、人物の外観そのものがブランドとして消費される状態


代表取締役の服装は、あくまで制度の一部として中立性を保ち、

個人の個性・美意識・象徴性が前景化してはならない。


服装は信頼を獲得するための演出ではなく、

権限の所在を曖昧にしないための抑制でなければならない。


【立法趣旨補足】


本条が設けられた背景には、

サイバーサイジング社において確認された「視覚的象徴化」の問題がある。


同社の代表取締役夫妻は、長年にわたり一貫したスーツスタイルを維持し続けた。

それは意図的なブランディングではなく、職務に集中するための無意識的な選択であった。


しかし結果として、


・特定の色

・特定のシルエット

・特定の立ち姿

・特定の並び方


が繰り返し視覚化されることで、

人物そのものが企業の「ロゴ」として認識される状態が形成された。


これは本人たちの意思とは無関係に、

外部の認知が“制度”ではなく“人”へと集中していく現象であった。


いわば、

服装が役職を表すのではなく、服装が企業そのものを表してしまった状態である。


この現象は、

代表取締役を「交代可能な職務」ではなく

「替えのきかない象徴」へと変質させる。


結果として、


・後継者が比較される

・交代が不安視される

・人物への依存が強化される

・制度の説明が軽視される


という連鎖を生み、

統治の透明性を著しく損なう。


そのため本条は、

代表取締役の外見を制限すること自体を目的とするのではなく、


外見が意味を持ってしまう構造そのものを、未然に防ぐための条文


として設けられた。



【補足解釈】


本条は、個人の服装の自由を否定するものではない。


しかし、企業の代表という立場においては、

「自由であること」よりも

「誤解を生まないこと」が優先される。


サイバーサイジング社の事例が示したのは、


善意で選ばれた服装が、

意図せずして

「象徴」

「信仰」

「安心の代替物」

へと変質していく過程だった。


ゆえに本法は、こう定義する。


代表取締役は、

目立ってはならないのではない。

“象徴になってはならない”のである。


第7条(違反時の措置)


本章に違反した場合、

・企業認証の停止・国際取引資格の凍結・経営権の一時剥奪・第三者管理下への移行

が段階的に適用される。



― 判断集中防止および生活閉域化抑制に関する規定 ―


第8条(第三の判断者の設置義務)

一定規模以上の企業は、

取締役会および執行機構とは独立した

第三の判断者を、制度として必ず設けなければならない。


当該判断者は、以下のいずれにも属さないものとする。


・経営判断の推進者

・事業運営の維持者

・企業文化の形成主体


第三の判断者は、

当該企業の意思決定が社会・生活・人間の自律性を侵害するおそれがある場合、

理由を問わず、停止・是正・公開勧告を行う権限を有する。


この判断は、

業績、成長性、善意、緊急性を理由として

覆されてはならない。


第9条(判断の三権分離原則)


企業における意思決定は、

以下の三機能がそれぞれ独立した主体に帰属していることを要する。


・進行(企画・拡張・革新)

・維持(運用・保守・安定)

・停止(拒否・否定・撤回)


これら三機能は、同一人物、同一機関、または実質的に同一の影響下にある組織に重複して帰属してはならない。


結果として、企業の意思決定には、最低三の独立した判断主体の存在を要する。



第10条(生活閉域化の防止)

企業は、社員およびその家族の生活が、

当該企業の提供する施設・サービス・文化によって

過度に完結していないことを保証しなければならない。


以下の状態は、

生活閉域化のおそれがあるものとして、

外部監査の対象とする。


・居住、教育、医療、娯楽、消費が

 同一企業の管理下で完結する状態

・退職または取引終了後に

 社会復帰が著しく困難となる設計

・企業外の価値観、制度、文化から

 心理的または実質的に隔離される構造


第11条(福利厚生施設の上限規制)

企業が保有・運営する

社員および家族向け福利厚生施設は、

必要最小限の範囲に限定されなければならない。


原則として、

居住・教育・医療・娯楽に関わる施設は

同時に三種を超えて設けてはならない。


ただし、公共制度による代替が不可能である場合に限り、

第三の判断者および外部監査機関の承認を要する。


第12条(立法趣旨)

本追補条項は、

企業の善意、配慮、責任感を否定するためのものではない。


しかし、

善意によって生活が囲われ、

判断が委ね切られ、

拒否が不可能になる構造は、

結果として暴力となる。


よって本法は、

「信じない」ためではなく、

信じ切らせないために、

第三の否定を制度として置く。

そして――アダソン兄弟は、これを読んだ


この法律が成立した夜、

アダソン兄弟はその条文を、最後まで黙って読んだ。


そこに、怒りはなかった。

反発もなかった。

ただ、静かな理解があった。


「……ああ」

「俺たちが、そうさせてしまったんだな」


この法律は、彼らを裁くためのものではない。

だが同時に、彼らの存在そのものを否定していた。


なぜならこの法律は、こう言っているからだ。


お前たちは、あまりにも信じられすぎた

だから、もう誰も信じてはならない


兄弟にとって、それは罰だった。


自分たちが守ろうとした世界が、

自分たちの在り方そのものを「危険」と定義した。


それでも、彼らは反論しなかった。


なぜなら――

誰よりもよく分かっていたからだ。


「もし、あの頃の自分たちを止められる存在がいたなら」

「この法律は、必要だった」


そう理解できてしまうほどに、

彼らはもう、物語の外側に立ってしまっていた。


そしてそれが、

アダソン兄弟が“闇に落ちた”最後の理由だった。


怒りではない。

復讐でもない。

ただ――


自分たちが、もう世界に必要とされない存在になったことを、

あまりにも静かに理解してしまったから。



――それでも、世界は彼らを裁かなかった

アダソン兄弟が沈黙したあと、世界はすぐに彼らを糾弾したわけではなかった。

むしろ、逆だった。

議論は静かに、しかし激しく割れた。国連、経済フォーラム、国際法学会、金融機関、各国議会。どこでも同じ問いが投げられた。

「彼らは、本当に間違っていたのか?」

答えは単純ではなかった。

なぜなら、サイバーサイジング社は倒産したわけでも、犯罪を犯したわけでもなかったからだ。むしろその実績は、どの国の巨大企業よりも健全で、誠実で、成功していた。

だからこそ、世界は分裂した。


■ 反対した勢力 ― 三つの声

① カリスマ創業者型企業

彼らは最も激しく反発した。

創業者こそが企業であり、企業文化とは創業者の哲学そのものである――そう信じてきた者たちだ。

彼らはこう主張した。

「人格を否定する法律は、企業の魂を殺す」「制度では、世界を変えられない」「我々は数字ではなく信念でここまで来た」

だが、この法律は彼らにこう突きつけていた。

「あなたがいなくなったら、その会社は危険だ」

それは事実だったかもしれない。しかしそれを法として言語化されたことが、彼らにとっては耐えがたい屈辱だった。

そして彼らは、口をそろえてこう言った。

「サイバーサイジングは不運だっただけだ。うちは違う。うちは、まだ大丈夫だ。」

その“自分たちは例外だ”という感覚こそが、この法律が生まれた最大の理由だった。


② 国家主導型・威信重視国家

彼らの反発は、もっと静かで、もっと深かった。

国家にとって、企業トップは単なる経営者ではない。時に外交官であり、時に象徴であり、時に国家の顔だった。

この法律は、彼らにこう聞こえた。

「国家の顔を、制度の一部に格下げせよ」

とりわけ反発を招いたのは、

・代表者を“象徴”として扱うことの禁止・写真構図の規制・感情や信念の表現制限

それらは、彼らにとって文化そのものへの介入だった。

だが皮肉なことに――彼らの多くは、表では反対しながら、裏では条文を受け入れた。

なぜなら、金融・貿易・認証がこの法律と直結していたからだ。

拒否することは、世界市場から降りることを意味していた。


③ 急成長中の新興企業・スタートアップ

彼らの反発は、もっと切実だった。

「まだ何者でもないのに、なぜ完成された制度を求められるのか」「成功する前に、鎧を着せられるようなものだ」

承継計画、倫理機関、社長挨拶規制――どれも彼らにとっては“重すぎる”。

だが歴史は皮肉だった。

この層からこそ、最も多くの崩壊企業が生まれた。

そして後年、彼ら自身がこう言うことになる。

「あの法律は、厳しすぎたんじゃない。ただ、早すぎただけだった」


■ では、誰がこの法律を支持したのか

意外なことに、それは表舞台に立たない人々だった。

・企業の法務部・内部監査・リスク管理担当・国際金融機関・かつて栄光を失った元創業者たち

彼らは皆、同じことを知っていた。

人格で回る組織は、必ずどこかで壊れる。

だから彼らは、この法律をこう呼んだ。

「善人を守るための法律」


■ サイバーサイジング社は、どう扱われたのか

この法律は、サイバーサイジング社を裁くために作られたのではない。

むしろ公式文書では、こう位置づけられている。

「制度設計が追いつく前に、世界を背負いすぎた企業」

つまり彼らは、失敗例ではない。

**“教科書に載る前例”**だった。

だから条文解説には、こう記されている。

「この法律は、ある企業を責めるためのものではない。その失敗を、二度と繰り返さないために存在する。」

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