3.代表取締役社長挨拶画像について ウォーリーのオート現象
後になって、私は思うようになった。
サイバーサイジング社とアダソン夫妻を、企業や経営者という言葉で説明しようとしたこと自体が、すでに間違いだったのではないかと。
彼らは、世界樹のような存在だった。
だが世界樹は、最初から世界樹だったわけではない。
あの会社は、少なくとも外から見える“会社”の姿が、年ごとに変質していった。
創立期の写真には、ロゴがない。
それは意図して消したのではなかった。そもそも「入れる」という発想自体が存在しなかったのだ。サーバー室の冷気、機械の列、二人の手元。電源を入れる瞬間に必要なのは社章ではなく、手順だった。会社はまだ「見せるもの」ではなく、「動かすもの」だった。だから写真は、ブランドではなく現場の記録になった。
やがて会社が“場所”を持ち、関わる人間が増え、社会の期待が膨らむにつれて、写真の性質は少しずつ変わっていく。成長期、背景にロゴはまだない。代わりにあるのは、本社の象徴となった一本の木だった。その前に立つ夫妻。文章の下に、小さく添えられた社名。署名のように控えめなそのロゴによって、会社は初めて「名を持つ存在」になる。
この段階では、誰もそれを危険だとは思わなかった。むしろ健全だった。
代表取締役社長挨拶とは本来、理念が主で、写真は補助であり、ロゴは控えめに置かれるものだ。社長は一人で立ち、身体は開き、背景は中立的で、文章と署名が企業を語る。見開きの左に挨拶文、右に全身の社長。名刺の延長としての一枚。あるいは、軽く頭を下げる写真でさえ、個人の徳ではなく企業文化を示すために構成される。それが世界にとっての「普通の代表取締役社長挨拶」だった。
だが、十周年前後から空気が変わる。
創業時のドアプレート――あの小さなロゴが、写真の中心へと寄ってくる。夫妻はその間に立つ。誇示ではなく、原点を示すつもりだったはずだ。だが視線は次第に「会社」ではなく「二人」に集まり始める。ロゴは看板ではなく、二人を囲む枠になった。会社は組織から肖像へと変わっていった。

そして黄金期。
ここで初めて、世界が知っている「代表取締役社長挨拶」の型が破れる。
本来なら、そこには交代可能性が写る。
机があり、距離があり、役職としての緊張がある。文章が主で、人物は機能として立つ。だが黄金期の一枚は違った。夫妻が中央に立ち、ロゴは背景そのものとなり、空間は社長室で、父は母を抱えていた。
それは企業広報の文法から見れば、あり得ないほど私的で、あり得ないほど完成していた。役職の写真ではなく、関係の写真だった。会社の写真ではなく、家紋の写真だった。
だから当時から、わずかな違和感はあった。
「これ、本当に代表取締役社長挨拶なのか」
「文章より写真が強すぎる」
「社長室の匂いがするのに、なぜ隠されている」
「二人の距離が近すぎる。会社の距離ではない」
だがその声は広がらなかった。成功が続いていたからだ。世界が安心を欲していたからだ。写真は説明ではなく、鎮静剤として機能してしまった。
最も皮肉なのは、そこが社長室だと気づいた者がほとんどいなかったことだった。人々は背景を見なかった。見えたのは二人だけだった。会社の中枢は、権力の部屋ではなく、安心の象徴として記憶された。
そして崩壊の後、同じ写真は反転する。
人々は初めて机とドアの意味に気づき、抱えられた身体の意味に気づき、ロゴの大きさが示していたものに気づく。
――最初から制度が薄かったのではない。
制度が、見えないまま消えていったのだ。
父が母を抱えている構図にも、同じことが言える。
それは演出として意味を込められたものではなかった。後から振り返ったときに、意味が立ち上がってしまった構図だった。
当時、世界がそこに見ていたのは「信頼し合う夫婦」「支え合う経営者」「安定したトップ」だった。父が母を抱える姿は、無意識のうちに「この人が責任を引き受けている」という安心を与えた。権力の誇示ではなく、安心の可視化だった。
だが時間が経つと、その構図は別の意味を帯び始める。
決定権は父にある。母は象徴であり、調整役である。二人で一つだが、対称ではない。そしてそれが社長室という場所で行われている。
この瞬間、会社は制度ではなく「関係」で動いているように見えてしまう。
そして崩壊後、人々はようやく気づく。
なぜ二人なのか。
なぜ距離が近いのか。
なぜ父が抱えているのか。
なぜそれが社長室だったのか。
その答えは一つだった。
――この会社は、制度ではなく、この二人の関係で回っていた。
父が母を抱えていたこと自体に罪はない。
それは善意であり、誠実であり、自然な行為だった。
問題は、それが「代表取締役社長挨拶」という、最も公的で制度的な場に置かれてしまったことだった。
私的な関係が、公的な象徴へと変換された瞬間。
そのとき、この会社はすでに“人”になっていた。
あの写真が、当時「代表取締役社長挨拶」として掲載されていたことを、後になって人々は信じられなくなる。
なぜなら世界が知っている“社長挨拶”の写真には、型があるからだ。文章が主で、写真は補助。人物は役職として立ち、交代可能な距離を保ち、背景は中立で、権力の匂いをさせない。ロゴは控えめで、企業は制度として語られる。いわば、名刺の延長としての一枚。世界はそれを「企業」というものの文法として学習してきた。
だが黄金期のあの一枚だけが、文法から逸脱していた。
社長室。机とドア。ロゴは背景そのものになり、二人が中心に据えられ、父は母を抱えている。
それは“役職の写真”ではなく、“関係の写真”だった。企業の写真ではなく、家紋の写真だった。
当時の世界は、そこが社長室だと気づかなかった。気づけなかった、と言う方が正確だ。
人は写真を見るとき、まず顔を見る。次に空気を見る。安心を見たい者は、安心以外を見ない。
あの一枚は、背景情報を消すほどに二人が強かった。
それは不祥事の証拠ではない。むしろ成功の副作用だ。正しくあり続けたものが、正しさの力で“象徴”へと押し上げられた、その瞬間の記録だった。
父が母を抱えていることにも、当時は「理想的だ」としか読まれなかった。支え合う夫婦。揺るがない共同経営。安心の可視化。
だが崩壊後、意味は反転する。
あれは愛情ではなく構造だったのではないか、と。
父が“支える側”として固定され、母が“支えられる側”として固定され、二人の関係がそのまま意思決定の単位に見えてしまう。しかもそれが社長室で行われている。
制度ではなく、関係が会社を回していたように見える。
――だから後年、あの写真は「偶像化の完成」と呼ばれた。
さらに皮肉なのは、同じ号に載っていた挨拶文が、あまりにも模範的だったことだ。
理念、創業動機、事業の拡大、社会貢献、人を大切にする姿勢、未来への抱負。非の打ちどころがない。
だからこそ文章は、写真の異常さを覆い隠した。
文章は「企業」を語り、写真は「家」を語ってしまっていたのに、当時の世界はそのズレに気づかないまま、“安心”として飲み込んだ。
そして、幹が折れて初めて分かる。
問題だったのは不正ではない。
制度ではなく人格を語ってしまっていたように見えること――その「見え方」こそが、最大の脆さだった。
――
ここで、もう一つ重ねておくべき比喩がある。
ピクサー映画『ウォーリー』に登場する、宇宙船アクシオムの「オート」だ。
作中、代々の艦長の肖像は壁一面に並び、時代が進むごとに簡略化され、抽象化され、やがて“顔”そのものが消えていく。
人間が指揮を執っていたはずの船は、いつの間にか「オート」によって自動運行されるようになり、艦長はただの象徴へと変わる。
誰もそれを悪意で選んだわけではない。
効率のためだった。
安全のためだった。
人間を守るためだった。
だが結果として、意思決定は人間から切り離され、
「そうなっているから」という理由だけで維持される構造が完成する。
サイバーサイジング社の代表取締役社長挨拶の写真が辿った道は、驚くほどそれに似ている。
創業期には、ロゴはなかった。
ただの部屋、ただの機械、ただの二人。
やがてロゴが入り、次に背景になり、やがて画面の構造そのものを支配するようになる。
それは意図的な演出ではなかった。
むしろ、会社が大きくなり、世界にとって“説明可能な象徴”が必要になった結果だった。
ロゴは安心のために置かれた。
だが、いつしかロゴは「会社そのもの」を表す記号になった。
そして、写真の中央に立つ夫妻は、いつの間にか「会社を動かす人」ではなく、「会社を象徴する存在」へと変わっていった。
ウォーリーの世界で、艦長が気づいたときには、すでに操縦権はオートに委ねられていたように。
サイバーサイジング社でもまた、気づいたときには、制度ではなく“構図”が会社を動かしていた。
重要なのは、夫妻自身がそれを意図していなかったという点だ。
彼らは権力を誇示しようとしたわけではない。
象徴になろうとしたわけでもない。
会社を私物化しようとしたわけでもない。
ただ、責任を引き受け続けただけだった。
決断を先送りにしなかった。
矢面に立ち続けただけだった。
その結果、世界の側が「この人たちに任せておけば大丈夫だ」と思い始めた。
そして気づけば、判断は委ねられ、制度は省略され、構造は人格に吸収されていった。
それが、オート現象だった。
ウォーリーの世界で、人々が自分で歩くことをやめたように、サイバーサイジング社でもまた、世界は「考えること」をやめていった。
そして皮肉なことに、夫妻自身も、その変化を完全には自覚していなかった。
なぜならそれは、ある日突然起きた出来事ではなく、「うまくいっている」状態が、少しずつ積み重なった結果だったからだ。
危機はなかった。
失敗もなかった。
問題が起きる前に、彼らが解決していた。
だからこそ、誰も止められなかった。
ロゴが大きくなり、写真の中心に二人が立ち、社長室が象徴になり、やがて“この会社はこの二人そのものだ”という認識が完成する。
それは支配ではない。
だが、自由でもない。
ウォーリーのオートが「人間を守るため」に人間の意思を奪ったように、サイバーサイジング社もまた、「正しさを守るため」に、人の判断を代行する構造になっていった。
夫妻はそれを望んだのか。
おそらく違う。
だが、止められたかといえば――
それもまた、難しかった。
なぜなら彼ら自身が、すでに「安心の象徴」になってしまっていたからだ。
だからあの代表取締役社長挨拶の写真は、
単なる広報写真ではない。
それは、
制度から人格へ、組織から象徴へ、人間からオートへと移行していく瞬間を写した、決定的な一枚だった。
そして崩壊後、人々はようやく理解する。
あの写真が異様だったのではない。
あの写真を“普通だと思っていた自分たち”こそが、すでにオートの内部にいたのだと。




