1.アダソン夫妻の急逝の影響とサイバーサイジングショック
――そして、物語は最終章へ進む。
最終章
正しさには、期限がある――制度と人権がすれ違った場所で
――それでも人は、選び続けなければならなかった。
その先で失われたものと、選ばされた者たち。
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アダソン夫妻の死は、終わりではなかった。
それは、引き金だった。
やがて、企業は停止し、意思決定は宙に浮き、世界中の支社は次々と閉鎖されていく。
アダソン兄弟が濡れ衣着せながら国際破産手続きの提出。
百二十五か国に及ぶ拠点の業務停止。
数十万人規模の社員が、ある日突然、職場に入れなくなる。
アメリカ本社は封鎖され、森に囲まれたその敷地は、人の気配を失ったまま沈黙した。
だが――
終わったのは、建物や企業だけではなかった。
生き残った者たちにも、容赦はなかった。
アダソン兄弟は、守られる立場から、疑われる立場へと押し出される。
「なぜ止めなかったのか」
「なぜ引き継がなかったのか」
「なぜ、そこにいなかったのか」
答えようのない問いが、
まるで責任の形をした刃のように、彼らを追い詰めていく。
やがて兄弟は、
“後継者”ではなく、
“責任を負わされた者”として記憶されるようになる。
そして、姿を消した。
それが逃避だったのか。
自壊だったのか。
それとも――生き延びるための選択だったのか。
その答えを、知る者はいない。
――サイバーサイジング・ショック。
そして、この章で語られるのは、
その“始まり”ではない。
なぜ、止められなかったのか。
なぜ、誰も引き返せなかったのか。
なぜ、正しさが人を追い詰めたのか。
それでも人は、選び続けなければならなかった。
選ばされた者たちが、
どんな代償を背負うことになったのか。
それを語るために――
この物語は、いよいよここから最終章へ入る。
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だが、このとき世界は、まだ理解していなかった。
彼らが失われたことで、
いったい何が始まろうとしているのかを。
そして、ここから先に起きることを、
誰もまだ知らなかった。
――いや、正確には。
彼ら自身も、まだ知らなかったのだ。
自分たちが生き残ったことが、
「保護」ではなく「矢印」になるということを。
「そこにいなかった」という偶然が、
やがて誰かを裁くための論理へと変えられていくことを。
「そこにいなかっただけ」という事実が、
世界にとって都合のいい“理由”へと加工されていくことを。
その加工が、
人格を削り、役割を押しつけ、
もう戻れない場所へ人を追い込んでいくことを。
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そして世界は、ようやく気づき始める。
サイバーサイジング社は、制度で動いていたのではなかった。
人で動いていた。
しかも、たった二人で。
代表取締役会も、倫理委員会も、
本来あるべき「止める仕組み」は存在していなかった。
夫妻が生きているあいだ、
彼ら自身が制度そのものだったのだ。
だが――
制度は死なない。
人は、死ぬ。
その瞬間、世界中で同時に起きたのは、
判断できない、
決裁できない、
止められない、
修理できない、
問い合わせ先すら存在しない、
かつて誰も経験したことのない混乱だった。
電力。通信。交通。医療。金融。
サイバーサイジング社の技術は、
すでに世界の基盤そのものになっていた。
それが、一斉に止まった。
人々は、ようやく気づいた。
自分たちは「便利だった」のではない。
「考えなくてよかった」だけだったのだと。
二十五年間、
判断することを誰かに預け続けてきた結果だった。
説明書も、理論も、残っていた。
それでも人々は考えなかった。
考えなくていい世界が、
完成してしまっていたからだ。
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そして世界は、さらに皮肉な選択を重ねていく。
「安全のために停止する」
その判断自体は、正しかった。
だが、正しさが積み重なった結果、
ライセンスは更新されず、
鍵は失効し、
運用は連鎖的に止まっていった。
誰も壊そうとしなかった。
誰も逃げていなかった。
それでも、世界は止まった。
電源の入れ方が分からない。
操作は知っているのに、判断ができない。
止めていいのか、動かしていいのかが分からない。
たった一つのボタンを押すだけなのに、
誰も押せなかった。
それは技術の問題ではない。
知識の欠如でもない。
二十五年間、
判断することを誰かに預け続けてきた結果だった。
『華氏451度』の世界では、書物が焼かれ、人々は考えなくなった。
だがこの世界では、何も禁止されていなかった。
説明書も理論も残っていた。
それでも人々は考えなかった。
考えなくていい世界が、
完成してしまっていたからだ。
サイバーサイジング社は、
人を無力にするつもりはなかった。
危険なときに止めるために、
責任を引き受けていただけだった。
だが世界は、
その「止めてくれる誰か」に甘え、
押すという行為そのものを手放していた。
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だから、兄弟の選択を、
復讐や狂気として語ることはできない。
彼らが恐れたのは、
自分たちが無能だと笑われることではなかった。
この世界を、
次に渡してはいけないと、
心の底から思ってしまったことだった。
考えない世界。
依存する世界。
便利さに溺れる世界。
そんな世界に、
「次の世界樹」を渡すことはできない。
だから彼らは、破壊を選んだのではない。
拒否を選んだのだ。
世界が欲しがる形では、芽吹かない。
世界が欲しがる幹には、ならない。
それが、彼らに残された最後の線引きだった。
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