プロローグ
――フィラデルフィア郊外。
かつてサイバーサイジング社のアメリカ本社が置かれていた場所からほど近い、
公文書保管施設の閲覧室。
窓の向こうには、今はもう廃墟となった本社敷地の一角に残るビルの輪郭が見える。
かつて世界を動かしていた場所は、いまや、誰にも触れられない過去として、静かにそこに立っている。
約三十五年にわたり――
正確には、1989年に二人がFBIで出会ったあの日からの十年と、1999年にサイバーサイジング社が創立されてからの二十五年を含めて――
その歩みを内側から見続け、事件後は散逸しかけた記録を回収し、沈黙の中に埋もれかけた事実を整理する役を引き受けた男がいる。
元内部関係者にして、
この一連の出来事の公式記録を編纂する者――
ダニエル・ロウ(Daniel Rowe)。
彼は、積み上げられた資料の前で、静かに、語り始めた。
⸻
まずサイバーサイジング・ショックについて語ろう。
かつて――
十年と、そして二十五年。
合わせて三十五年という時間の中で、世界に確かに存在し、産業と倫理の両方に影響を与えながら、ある日を境に静かに歴史から姿を消した夫婦がいる。
それが、アダソン夫妻代表取締役社長である。
そして同時に、創立から二十五年にわたり、世界の基幹システムの深部で動き続け、ある日を境に一斉に姿を消した、伝説の大手ITグローバル企業があった。
――サイバーサイジング社。
それは英雄譚ではない。
成功物語でも、栄光の回顧でもない。
あの日の夜忘れられない、世界中に衝撃が走ったアダソン夫妻暗殺事件のあと、
多くの人は、こう言った。
「兄弟が会社を止めたのだ」と。
だが、それは正確ではない。
会社は、止められたのではなく、止まるしかなかった。
あの夜、アダソン夫妻は、サイバーサイジング社アメリカ本社を後にし、自家用リムジンカーでアダソン宮殿へ帰宅する途中だった。
その日は、夫妻の息子――アダソン兄弟が、それぞれ有給を取り、アダソン宮殿で夫妻の帰りを待っていた。
偶然ではあるが、その選択によって、兄弟はその場に居合わせることなく、命を落とすことはなかった。
場所は、のちに「アダソン交差点」と呼ばれることになる地点。
そこで夫妻は、顧客会社の社長――
エリック・サーティーン容疑者によって暗殺された。
犯人は、自分の愛車の独特のスーパーカーで、違法なスピードで計画的に衝突を起こし、自らも命を落とす形で、夫妻とともにその場で死亡した。
それは事故ではなかった。
同時に、衝動でもなかった。
経営方針に納得できなかった者。
効率と利益を最優先し、人と倫理を後回しにされたと感じた者。
その人物は、夫妻の判断を「拒絶」ではなく「否定」だと受け取り、ついに暴力という形で決着をつけようとした。
それは個人的な恨みであると同時に、価値観の衝突だった。
世界は悲しみに包まれた。
だが同時に、世界は止まらなかった。
止まったのは、会社だった。
アダソン夫妻の息子――アダソン兄弟は、後継者として公表されていた。
だが、法的にも、倫理的にも、技術的にも、最終の鍵を渡される段階にはなかった。
同時に、顧客企業と各国政府、重要インフラを預かる運用機関は、同じ問いに直面した。
一時的で、段階的で、慎重であるはずの停止。
だが、そこで初めて露呈した。
サイバーサイジング社は――
止まる設計だった。
夫妻暗殺の第一報が流れた直後から、世界中のサイバーサイジング関連システムに、同時に異変が起き始めていた。
認証が通らない。
管理画面に入れない。
操作はできるのに、決定だけが返ってこない。
各国で、同じ声が上がる。
「操作はできます」
「でも“止める権限”がない」
「エラーは出ているのに、解除できない」
「止めた瞬間、誰が責任を取るのか分からない」
ボタンはある。
だが、押せない。
なぜなら、そのボタンは――
“誰かが責任を取る前提”で設計されていたからだ。
サイバーサイジング社のシステムは、極限まで自動化されていた。
判断は夫妻。
運用は分散。
承認は多層化。
だが最終決定だけが「人間」に残されていた。
そして、その「人間」とは、アダソン夫妻ただ一人だった。
夫妻の死によって、世界は初めて気づく。
この仕組みは――
止め方を失った瞬間に、止まるしかない仕組みだったのだと。
「安全のために停止する」
その“正しい判断”と、「止まる設計」が重なった瞬間、
ライセンスは更新されず、暗号鍵は失効し、運用は連鎖的に停止した。
クラウドが遮断される。
物流が遅れる。
金融判断が凍結される。
国家間契約が止まる。
企業は意思決定を保留し、人々は次の言葉を待つ。
誰も壊そうとはしていない。
誰も逃げていない。
誰も間違った判断をしていない。
それでも、世界は止まった。
――これが、サイバーサイジング・ショックである。
そしてここから先は、
単なる企業の事故ではない。
なぜ、こんな事件が起きたのか。
答えは単純で、恐ろしい。
巨大企業は単なる会社ではない。
経済を動かし、雇用を左右し、技術と価値観を決め、国の政策にも影響する。
つまり――「企業=社会構造の一部」になっている。
この時点で、政治や宗教と同じ「象徴」になる。
サイバーサイジング社ではそれが特に顕著だった。
創業者=企業理念。
経営者=企業の顔。
発言=社会的メッセージ。
この状態になると、経営者は「個人」ではなく、思想・価値観・体制そのものとして見られるようになる。
さらに巨大企業ほど「依存」が生まれる。
人々の生活に深く入り込み、代替が効かず、止まれば社会が混乱する。
それは宗教に似てしまう。
だからこそ「支配している」「操っている」「洗脳している」という誤認が生まれやすくなる。
そして、テロ思想の核心が立ち上がる。
――「象徴を壊せば世界が変わる」という錯覚。
国なら首相。
宗教なら指導者。
企業なら創業者・CEO。
本来、社会はもっと複雑なのに、犯人は単純化して信じてしまう。
「あの人さえ消えれば、全部終わる」と。
サイバーサイジング社は、その錯覚が成立してしまう条件を、揃えすぎていた。
世界規模。
技術依存型社会の中核。
創業者夫妻が象徴。
倫理・理想・理念を掲げ、生活に深く入り込み、代替が効かない。
だからこそ、ここで起きたのは、ただの殺人ではない。
捜査当局は、単なる殺人事件として扱わなかった。
内部文書には、こう記された。
「本件は、社会秩序および企業統治構造の破壊を目的として、象徴的存在を標的に計画的殺害を実行した、思想動機型の企業テロ事件である。」
「本件は、社会構造および企業統治への不信を動機とし、象徴的存在の殺害をもって社会に影響を与えようとした、計画的かつ思想的背景を有する企業テロ事件である。」
「社会構造および企業統治への不信を動機とし、象徴的存在の殺害をもって社会に影響を与えようとした、計画的かつ思想的背景を有する企業テロ事件」
つまりこの事件は、もはや「暗殺」と「企業テロ犯罪」という言葉とだけでは説明できない性質のものだった。
企業そのものが、別のものに変わった。
結論から言うと――
サイバーサイジング社の件は「物理的な企業ハイジャック」ではないが、「象徴的・心理的・社会的ハイジャック」に該当する事件だった。
つまり、会社は存在していても、“会社の意味”が奪われた。
革新の象徴は、テロの現場に上書きされ、企業理念は、犯人の思想で汚染され、社会の記憶は、別の物語に連れ去られる。
だから、ここで断言できる。
「サイバーサイジング社は、テロによって象徴を乗っ取られた企業である」
すなわち本件は、経営者という象徴を標的とし、企業そのものの意味と統治構造を破壊することを目的とした、経営者を狙った企業ハイジャック型テロ事件であった。
すなわち本件は、経営者という象徴的存在を標的とし、企業の統治構造そのものを無力化することを目的とした、企業ハイジャック型の思想的テロ事件であった。
そして――
象徴が乗っ取られた企業に残るのは、社会の要求と、社会の恐怖と、説明不能な責任だけだった。
事件が起きた当時の夜、サイバーサイジング社の本社に掲げられていた企業理念は、いつの間にかエリック・サーティーン容疑者によって書き換えられていた。
本来のサイバーサイジング社の企業理念は、Deliver the best IT business servicesだった。
その下に、静かに表示された新しい一文。
We decide the future.
— And you let us.
(そして、それを許したのは君たちだ)
We decide the future.
(未来は、我々が決める)
You trusted us.
(君たちは、私たちを信じた)
We were never neutral.
(私たちは、最初から中立ではなかった)
それは脅迫ではなかった。
宣言でもなかった。
ただ、誰もが心の奥で気づいていた事実を、初めて言葉にしただけだった。
その瞬間、サイバーサイジング社は企業であることを強制的にやめさせられ、世界の「責任」そのものになった。
「お前たちは“最良のサービス”を与えているつもりだろう。だが実際には、人々の選択肢を奪っている。ならば、その正体を言葉にしてやる。」
とエリック・サーティーン容疑者は、脅迫して提唱してしまった。
エリックは、企業を乗っ取ろうとしたのではない。
企業の「意味」を、世界の前で暴き出そうとしたのだ。
そのために彼は、自分の命すら差し出した。
彼は会社を壊したのではない。
会社が、すでに何者になっていたのかを、世界に見せただけだった。
事件直後、アダソン兄弟は、標的の中心に立たされた。
彼らは遺族であり、後継者であり、そして――
世界中から疑われる存在になった。
「兄弟が会社を止めた」
「鍵を握っているのに止めた」
「事故の責任は兄弟にある」
「隠している」
「逃げている」
濡れ衣は国境を越えて増殖し、安全のために兄弟は、追い詰められながらも選ぶしかなかった。
国際破産手続き。
守るための手続き。
崩壊を確定させる手続き。
そして、世界の依存の上に置かれていた“責任の所在”を、いったん白紙に戻すための手続き。
その瞬間、連鎖は決定的になる。
世界125の国と地域の支社が、一斉に事業停止。
世界中の社員は、何十万人規模で強制解雇される。
会社が悪いのか。
兄弟が悪いのか。
社員が悪いのか。
顧客が悪いのか。
誰も壊そうとしていない。
誰も逃げていない。
誰も間違った判断をしていない。
それでも、生活は消えた。
昨日までの“当たり前”が、朝になって消えた。
そして世界はようやく理解する。
これは、企業が止まった事件ではない。
文明が、止め方を失った事件だ。
テロとは、爆発だけではない。
銃だけではない。
人質だけではない。
意味を奪い、象徴を奪い、社会の物語を奪う。
企業テロ犯罪と企業ハイジャックが重なったとき、奪われるのは会社ではなく――社会の“判断の骨格”そのものになる。
エリックは間違っていた。
だが、彼が突きつけた問いだけは残った。
人がいなくなった世界は、
本当に動き続けられるのか?
そして世界は、その答えを知ってしまった。
それが、リーマンショックよりはるかにひどい、サイバーサイジング・ショックの正体だった。
⸻
兄弟は、止まっていく世界の中に立ち尽くしていただけだ。
彼らが見たのは、親を奪われた現実と、世界がそれを悼みながらも、次の判断を淡々と下していく光景だった。
安全のために停止する。
責任の所在が不明確なまま、動かし続けるわけにはいかない。
その判断は、正しい。
だが、その正しさが積み重なった結果、兄弟の足元から、会社という「場所」が消えていった。
私は、兄弟が会社を手放したのではなく、会社が、兄弟の手の届かないところへ行ってしまったのだと思っている。
そのあと、兄弟が姿を消したことも、私は責められない。
⸻
そして、ここで一つだけ、はっきりさせておきたい。
この話は、「なぜ彼らが存在したのか」を語る物語ではない。
伝説だからでもない。
英雄だったからでもない。
世界を変えたからでもない。
そうではなく――
なぜ、彼らが「そういう選択」をしたのか。
その理由を、最初から最後まで辿るための記録だ。
守るものが増えたとき、人は何を手放し、何を変え、何を引き受けるのか。
その問いに、彼らがどう向き合ったのかを静かに確かめるための物語だ。
始まりは――まだ何も起きていなかった頃。
世界が彼らを伝説とも、象徴とも呼ぶ前。
そして――
すべてが終わったあと、サイバーサイジング社が創立されてからおよそ二十五年という歳月を経て起きたその悲劇が、どれほど重い意味を持っていたのかを、世界はようやく知ることになる。
⸻
この話を語るにあたって、私は5つの章に分けて記録を残すことにした。
第1章 全ての始まりと出会い
――まだ何も背負っていなかった頃。
判断も、責任も、選択肢も、
すべてがこれからだった時代。
第2章 薔薇は歌になり、家族の名前になる
――仕事が人生になり、
人生が家族になっていく過程。
守るものが、少しずつ増えていった時間。
第3章 FBI退職からサイバーサイジング社の創立
――去ることと、逃げることが
まったく違う意味を持つと知った日々。
国家の外に、守るための器を作る決断。
第4章 25年後の終わりを選んだ夜――アダソン夫妻暗殺事件
〜サイバーサイジング・ショックは、ここから始まった〜
――なぜ、彼は引き金を引いたのか。
エリック・サーティーンという男と、サイバーサイジング崩壊の起点
最終章 :正しさには、期限がある―制度と人権がすれ違った場所で
――それでも人は、選び続けなければならなかった。
その先で失われたものと、選ばされた者たち
すべての始まりは――
一人の女性が、FBI本部へ転勤してきた、その日から始まる。
そしてすべての終わりは――
サイバーサイジング社が創立してから約二十五年後、あの日の夜に起きた悲劇とともに訪れ、やがて「サイバーサイジング・ショック」と呼ばれる
国際的崩落へとつながっていった。




