8-5 エリックは、そのゲームにのめり込んだ。
事件後、家宅捜索で見つかったデータの中には、彼の自宅からは大量の証拠が見つかり、犯行のシミュレーションとともに、奇妙な記録が残っていた。
彼は同時に、そのゲームの実況配信者でもあった。
過激なプレイ、極端な速度、危険な挙動を再現する動画は視聴数を伸ばし、やがて彼のチャンネルは海外でも知られる存在になっていく。
企業案件、広告収益、スポンサー契約。
本業である会社経営とは別に、彼は“もう一つの収入源”を手にしていた。
その収益が、
次々とスーパーカーを購入する資金になっていた。
だが、事件の直後――
そのチャンネルはすべて削除された。
動画は非公開となり、アーカイブも残されなかった。
スポンサーは即座に契約を打ち切り、
関連するアカウントは一斉に凍結された。
ファンたちは混乱した。
「信じられない」
「別人だと思いたい」
「動画はただの演出だったはずだ」
コメント欄には動揺と否定、怒りが入り混じり、
やがてそれすらも閉鎖された。
残ったのは、
かつて再生されていた数値の記録と、
誰も見ることのできなくなった“プレイの痕跡”だけだった。
彼が積み上げてきた世界は、
事件とともに、静かに消えていった。
やがて現実と仮想の境界が曖昧になり、
実車を集め、改造し、同じ感覚を再現し始めた。
ゲームの中で感じた速度、操作感、衝突の感覚。
それを現実でも再現できると、彼は本気で信じるようになっていた。
動画の中で走らせていた車と、
ガレージに並ぶ実車の境界は、すでに彼の中では消えていた。
18歳上という対象年齢にも関わらず、13歳の息子と一緒にプレイしていた時期もあった。
だが、やがて息子には触れさせなくなった。
――自分だけの世界になっていった。
やがて会社にも姿を見せなくなり、家に閉じこもるようになった。
彼の中で、現実はすでに「ゲーム」に近づいていた。
その内容は、あまりにも現実的で、あまりにも冷静で、家宅捜査で下記のものが見つかった。
・改造されたスーパーカー
・違法チューニングの設計図
・衝突角度と速度のシミュレーション
・犯行ルートの詳細な地図
・ドライブシミュレーターのログデータ
・銃器、爆発物、刃物
・「実行計画」と題されたフォルダ
彼は、衝動で動いたのではなかった。
何度も“再生”しながら、
犯行を完成させていった。
やがて彼にとって、速度や音は「危険」ではなくなっていった。
ゲームの中で何度も体験した加速、衝突、限界挙動――それらは恐怖ではなく、達成感や高揚感として記憶されていた。
現実の車に乗ったときも、彼の脳は同じように処理した。
耳を塞ぎたくなるほどの爆音も、身体を押し潰すような加速も、
「危険信号」ではなく、「成功に近づいている感覚」として受け取っていた。
それは訓練ではない。
慣れでもない。
現実と仮想の境界が崩れ、
恐怖そのものを認識できなくなっていた――
いわば、感覚の故障だった。
だから彼は、ためらわなかった。
ブレーキを踏む理由も、音から逃げる理由も、彼の中にはもう存在していなかった。
彼にとってあの瞬間は、
「危険な現実」ではなく、
ただ“完遂すべきシーン”だった。
まるで、ゲームの最終ステージのように。
それは、ゲーム画面のログと酷似していた。
現実を、
仮想の続きとして扱っていた形跡だった。
事件は、世界を揺るがした。




