8-3 ゲーム
彼は若い頃、米軍に所属していた時期に、彼はシティーオブザスピード・ドライブシミュレーターゲームと出会う。
それは、現実と見分けがつかないほど精巧なゲームで、
違法速度、衝突、逃走を繰り返す内容だった。
日本を含め世界的に人気を博していたが、
同時に、あまりにもリアルに作りすぎていたため、実在する数々のスーパーカーやスポーツカーの運転方法、スペック、攻略法を覚えてしまい、依存症や、実際に本物のスーパーカーやスポーツカーを運転して事故が起きる問題が、以前から指摘されていた。
そのため過去にも販売中止を求める声はあったが、
開発元は「フィクションであり、表現の自由の範囲内」として、
対象年齢を18歳以上に設定することで販売を継続していた。
だが――
この事件を境に、状況は一変する。
SNSでは瞬く間に事件映像とゲーム内容が結び付けられ、
「現実を再現しすぎたゲームだ」
「これは訓練装置と変わらない」
という批判が世界中に広がった。
それは誰かが声を上げたというより、
「社会全体が一斉に異変に気づいた」かのような空気だった。
・あまりにも現実と酷似していること
・実際の犯行手口とゲームの演出が重なること
・模倣や誤解を生む可能性が否定できないこと
こうした点が問題視され、
各国の規制機関やプラットフォームが相次いで調査に乗り出した。
開発会社は当初、
「事件との直接的な因果関係はない」
とコメントしたが、世論は収まらなかった。
やがて――
・主要配信プラットフォームが配信停止を決定
・各国のレーティング機関が再審査を開始
・スポンサー企業が相次いで契約を打ち切り
・開発元は“自主的判断”として販売を停止
という流れで、事実上の市場撤退に追い込まれる。
最終的にこのゲームは、
販売停止およびライセンス凍結という形で封印された。
表向きの理由は、
「社会的影響を考慮した総合的判断」。
だが実際には、
東日本大震災や9.11の後に多くの作品が姿を消したように、
「今は出してはいけないもの」と判断されたに過ぎなかった。
こうしてこのゲームは、単なる問題作ではなく、
――“現実の事件と結びついた、封印された作品”
として語られる存在になる。
そして皮肉なことに、それによって事件はさらに物語化され、現実と虚構の境界は、完全に曖昧になっていった。
一方で、事件の中心にいた人々は、誰も語らなかった。
アダソン兄弟は、事件後、公の場から姿を消した。
声明も会見もなく、インタビューに応じることもなかった。
エリックの妻と子もまた、同じように沈黙を選び、世間から完全に距離を置いた。
誰も、自らを語らなかった。
それは逃避というより、「語ること自体が、もう何も生まない」と知っていたからだった。
こうして事件は、明確な“結論”を与えられないまま、社会の記憶の奥へと沈んでいく。
残されたのは、
膨大な記録と、理解しきれない動機、
そして――
「現実が、どこまで虚構に近づいていたのか」
という問いだけだった。
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