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アダソン夫妻という制度―― 早過ぎた正しさが世界を止めるまで 正しさが制度になる前に崩れる世界を描く、人権と文明の批評思想SF  作者: マック アダソン
第4章(上) 25年後の終わりを選んだ夜――アダソン夫妻暗殺事件 〜サイバーサイジング・ショックは、ここから始まった〜
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6.目撃者の証言

対向車線から現れたのは、違法改造された高出力のスーパーカーだった。

ハンドル操作は乱れ、速度は制を失い、衝突は回避不可能だった。


挿絵(By みてみん)


現場に最初に到着した消防隊員の一人は、後の聴取でこう語っている。

「正直に言えば……最初は“人が乗っている車”だと思わなかった」


「炎があまりにも強くて、車というより“燃えている塊”に見えた」


「近づけないんです。近づこうとすると、熱で息ができない」


「中に人がいると分かったときには……もう、手を出せる状況じゃなかった」


彼は、しばらく言葉を探してから、こう付け加えた。


「助けられなかった、というより……助けるという概念が成立しなかった」


挿絵(By みてみん)

救急隊員の証言も、ほぼ同じだった。


「我々は搬送しました。仕事ですから」


「でも、あれは“救命搬送”ではありません」


「正直に言うと……」


一度、視線を落としてから続けた。


「すでに、生命反応を確認できる状態ではなかった」


「火災の影響が大きすぎました」


「……安倍元総理の事件の時よりも、さらに厳しい状態だったと思います」


その言葉は、記者会見でも繰り返された。


「助けようがなかった」

「医学的に、打つ手がなかった」

「到着時点で、すでに致命的だった」


誰も、“もう少し早ければ”とは言わなかった。


言えなかった、のかもしれない。



挿絵(By みてみん)


現場の目撃者の証言も、後にいくつも集められた。


「最初は高級車の事故だと思いました」


「黒い車が燃えていて、すごい音で……」


「でも、まさか“あの人たち”が乗っているなんて、思いもしなかった」


「後でニュースを見て、足が震えました」


「だって、さっきまで“普通の事故”だと思ってたんです」


「救急車が来て、消防が来て、それでも火が消えなくて」


「誰かが“リムジンだ”って言ったときも、正直ピンと来なかった」


「でも、あとで名前を聞いて……」


「その場にいた自分が、急に現実から浮いた感じがして」


「さっきまで見ていたものが、急に“歴史”になった気がしました」


「爆発音がしたあと、しばらく静かだったんです」


「悲鳴も聞こえなかった」


「だから余計に、怖かった」


「後で、あの人たちが乗っていたと知って……」


「助けられなかったんだ、って思いました」


目撃者の中には、こう証言した者もいた。


「遠くから、耳を塞ぎたくなるような音がしたんです」

「何か黒いものが、視界を横切ったと思った次の瞬間でした」

「車だとは……思いませんでした」

「爆発みたいな音と、風と、地面が揺れて……」

「気づいたら、もう終わっていた」


後になって映像を見せられても、

それが“車”だったとは、すぐには信じられなかったという。


あまりにも速く、

あまりにも異様で、

あまりにも現実離れしていたからだ。


後になって、多くの人がこう語っている。


「あの時は、ただの事故だと思っていた」

「まさか、あのリムジンに乗っていたとは思わなかった」

「知った瞬間に、現実がひっくり返った」


そして、共通していた言葉がある。


「助けられなかった、じゃない」

「助かる世界じゃなかった」


こうして、事件は「事故」でも「テロ」でもなく、

“止められなかった出来事”として記憶されていく。


人が悪かったのではない。

判断が遅れたわけでもない。

勇気が足りなかったわけでもない。


ただ――


そこに、もう戻れない瞬間があった。


そしてそれを、誰も止められなかった。


そしてその事実が世界に落ちたとき、世界は止まった。

止まったのは経済ではなく、呼吸だった。

ニュースは各国で同時に流れ、日本でも速報が繰り返された。

画面の中の医師は、淡々としていた。

淡々としていることが、逆に恐ろしかった。

誰も怒りの矛先を見つけられず、誰も「もしも」を許されず、ただ終わりだけが確定していく。

そうして、世界の停止は、始まりになった。


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