5.担当医師の記者会見
会見室には、白い幕と、照明と、無数のレンズがあった。最前列には海外メディア、後方には国内外の通信社、同時通訳のブース。静寂が落ちた瞬間、医療責任者がマイクの前に立つ。隣に救急の責任者、消防の現場責任者が並んでいた。誰も表情を作らない。作ってはいけない場所だった。
医師は、資料に視線を落とさず、真っすぐ前を見て言った。
「本日発生した事故により搬送されたお二人について、医療チームとしての見解をお伝えします」
一拍。
「結論から申し上げます」
さらに一拍。
「お二人は、病院到着時点で、すでに医学的に救命が不可能な状態でした」
フラッシュが走る。誰かが息をのむ音。
記者が手を挙げた。
「心肺停止状態で搬送された、という理解でよろしいですか」
医師は頷いた。
「はい。ただし一般的に想像される“心肺停止”とは異なります。重度の熱損傷および衝撃性損傷により、生命維持に必要な機能が成立していない状態でした」
別の記者が畳みかける。
「蘇生措置は行ったのですか」
医師は言葉を区切り、同じ語順で返した。
「はい。医師として、できることはすべて行いました」
そして、ほんのわずかに声を落とした。
「しかし、回復には至りませんでした」
「搬送が早ければ助かった可能性は?」
会場の空気が一段重くなる。
医師は、間を置かなかった。
「ありません」
その断定が、会見室を凍らせた。
「衝撃の位置、熱量、損傷の状態から判断して、致命的な状態に至ったのは事故の瞬間です。時間の問題ではなく、条件が存在しませんでした」
記者が、言葉を探すように続けた。
「苦しみは……あったのでしょうか」
医師は一瞬だけ視線を落とし、再び正面を見た。
「意識を保てる時間はなかったと判断しています。医療者として、そこに希望的な推測は差し込みません」
横で救急の責任者がマイクを引き寄せた。
「救急隊としてお伝えします。現場から搬送は行いました。それが我々の役目です」
「ただ、搬送中に心拍と呼吸は確認できませんでした。現場の熱と衝撃が極めて大きく、救命行為という段階には入りませんでした」
消防の現場責任者が続ける。
「消防としては、現場到着時点で火勢が極めて強く、まず鎮火と安全確保を最優先しました」
「救助対象に接近できる環境ではありませんでした。あの状況で人が耐えられる時間は存在しません」
会場がざわつく中、医師が最後にもう一度、同じ調子で言った。
「繰り返します。医師としてできることはすべて行いました。しかし、医学的に救命が成立する状態ではありませんでした」
「ご遺族には、医学的な事実をそのままお伝えしました。それ以上の言葉は、医師として持ち合わせていません」
それで会見は終わった。拍手も、怒号もない。ただ、シャッター音だけが続いた。世界へ向けた訃報は、そういう形で落ちた。
後年、弟はこう語っている。「父の最後の言葉が“危な――”で、母が最後に言おうとした言葉が途中だったと知ったとき、僕は初めて思ったんです。ああ、あの人たちは最後まで“親”だったんだなって。世界のことじゃなかった。会社のことでもなかった。僕らの話をしてたんだって」。それが兄弟にとって唯一の救いだった。そして同時に――二人を決定的に壊した事実でもあった。
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そして、現場で最も重かった言葉は、救急責任者のこの一言だった。
「我々は、命をつなぐために動きました」
「しかし今回は、“つなぐ命が残っていなかった”」
それ以上、説明はなかった。
説明できることが、なかったからだ。
後に行われた公式会見でも、医師は同じ言葉を使った。
「到着時には、すでに医学的に救命が成立しない状態でした」
「火災と衝撃による損傷が極めて大きく」
「回復の可能性は、ゼロでした」
「これは“助けられなかった”のではありません」
「“助けられる状態ではなかった”ということです」
その言葉は、安倍元総理の事件のとき以上に、重く受け止められた。
なぜなら今回は――
「懸命な処置」という言葉すら、使えなかったからだ。
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――その後の調査で、ひとつの事実が公表された。
エリック・サーティーンの車両には、衝突を契機として作動する爆発装置が積まれていた。
それは遠隔操作でも、時限式でもなかった。
「衝突した瞬間に終わる」よう設計された、極めて単純で、そして逃げ場のない仕組みだった。
だが、この事実が明らかになったときでさえ、医療関係者の評価は変わらなかった。
――爆発がなかったとしても、助かっていたとは言えない。
それほどまでに、衝突そのものが致命的だった。
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