19.創立当日の朝 ――使用人の目に映ったもの
創立当日の朝、アダソン宮殿で最初に目を覚ましたのは、夫妻ではなかった。
長年この家に仕えてきた使用人――
彼女は、いつも通りの時間に起き、
いつも通りの動作で、家を整え始めた。
だが、その朝は、空気が違った。
派手さはない。
慌ただしさもない。
それでも、家全体が、静かに張りつめている。
キッチンで湯を沸かしながら、
彼女はふと、書斎の方を見る。
扉は閉まっている。
だが、灯りはすでに点いていた。
――早い。
それだけで、この日が「特別な日」だと分かった。
やがて、階段の上から足音がする。
ジェイムズとマックだった。
「きょう、パパとママ、くろいふく?」
ジェイムズが、少し興奮した声で言う。
マックは意味も分からず、
ただ兄の真似をして頷いている。
「そうですよ」
使用人は微笑んだ。
「とても大事な日ですからね」
子どもたちは、まだ“創立”という言葉を知らない。
だが、
“おめでとうと言う日”だということだけは、
なぜか分かっていた。
朝食の準備を終え、
使用人が書斎の前を通ると、
ちょうど扉が開いた。
黒いスーツに身を包んだ夫妻が、
並んで立っていた。
どちらも、派手ではない。
だが、揺るぎがない。
――この服は、見せるためのものではない。
彼女は、そう直感した。
ジェイムズが、少し照れたように言う。
「パパ、ママ……
おめでとう」
その言葉に、
アレックスは一瞬、言葉を失った。
「ありがとう」
短い返事だったが、
それ以上はいらなかった。
マックは、意味も分からないまま、
母の手を握り、
「おめでと」
と、真似をした。
アラクネアは、その小さな手を包み込み、
静かに言う。
「ありがとう。
あなたたちがいるから、今日があるのよ」
使用人は、その光景を、
一歩引いた場所から見ていた。
――この家は、
――今日、何かを“手に入れる”のではない。
――何かを“引き受ける”のだ。
それが分かった。
ほどなくして、夫妻は家を出る準備を整える。
森へ向かう道。
新しい場所。
新しい始まり。
だが、使用人の目には、はっきりと見えていた。
この創立は、
豪華な会合でも、
立派な建物でもなく、
この朝の静けさと、
子どもたちの「おめでとう」から始まっているのだと。
そうして、
サイバーサイジング社の一日は、始まった。




