第4章あらすじ(ネタバレ注意) 第4章 25年後の終わりを選んだ夜――アダソン夫妻暗殺事件
【起:静かな日常としての25年後 ― 崩壊が始まるとは誰も思っていなかった】
物語は、25年後の「何の変哲もない一日」から始まる。
アダソン夫妻は、いつもと同じ朝と夜、いつもと同じように宮殿を出て、サイバーサイジング社のアメリカ本社へ向かう。そして帰りもまた、サイバーサイジング社のアメリカ本社を出て、アダソン宮殿へと戻る。警備は最低限であり、それは怠慢ではなく、長年積み重ねられてきた合理の帰結だった。
その日、兄弟は有給休暇を取り、宮殿に残っていた。
両親との別れ際の会話は穏やかで、未来を前提にした言葉に満ちている。
AIIBSO創設、経営移行、祝いの席――
すべては「続く世界」を前提として語られていた。
誰一人として、この日が「最後」になるとは思っていない。
この章の起点は、悲劇の予兆ではなく、あまりにも正常な日常である。
【構造上の役割注記:
ここでは読者に「安心」と「継続」を錯覚させる。
第1〜3章で築かれた合理性と成功が、完全に機能している世界として提示される。】
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【承:帰宅という日常 ― 象徴が最も無防備になる時間】
夜、仕事を終えた夫妻は黒いリムジンで帰路につく。
それは25年間、何百回も繰り返されてきた、安全で、疑われることのない移動だった。
車内では、仕事でも世界でもなく、「すべてが終わった後」の話が交わされる。
それは引退後の生活であり、誰にも知られない静かな場所の話であり、
二人がようやく「役割」から解放される未来の会話だった。
この場面で描かれるのは、経営者でも、創業者でも、象徴でもない。
ただの夫婦としての二人である。
同時に、別の場所では、エリック・サーティーンという男が、その瞬間を待っている。
彼は衝動的でも、狂気的でもない。
交差点の交通量、信号、時間帯、人の密度――
すべてを確認し、「他者を巻き込まない瞬間」を選び続けてきた。
彼が狙ったのは、警備が破られる隙ではない。
**警備が不要だと判断されている“日常そのもの”**だった。
【構造上の役割注記:
ここで物語は「悪意 vs 油断」ではなく、
「合理 vs 合理」がすれ違う構造であることを示す。
誰も間違っていないからこそ、防げなかったことが強調される。】
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【転:衝突 ― 象徴破壊としての暗殺】
交差点で、すべてが同時に起きる。
音、衝撃、爆発、光――それらは順序を持たず、「出来事」として一気に落ちてくる。
違法改造されたスーパーカーは、事故を装う余地すら与えない。
最初から衝突を前提とした設計。
逃げるためではなく、「終わらせるための装置」。
ブレーキ音はなかった。
ためらいも、回避も、警告もなかった。
次の瞬間、交差点は破壊され、静寂は切断される。
夫妻はその場で命を落とす。
運転手も、衝突した車両の運転者も、生き残らない。
奇跡的に、第三者の死者はいなかった。
現場に居合わせた者たちは、口々にこう語る。
「事故とは思えなかった」
「減速がなかった」
「最初から、ぶつかると決めていたように見えた」
世界はこの出来事を
「事故なのか」「テロなのか」「企業犯罪なのか」と分類しようとする。
数分後、現場は封鎖され、救急隊と消防隊が到着する。
医療は到着時点で意味を失っていたと宣告される。
「助けられなかった」のではない。
「助かる状態ではなかった」。
だが、処置は確認作業に近いものだった。
医師は短く告げる。
「到着時点で、救命の可能性はなかった」
この時点で、世界が知っているのは事実だけだ。
夫妻が亡くなったこと。
実行犯も死亡したこと。
そして、何かが終わったらしい、という感覚だけだった。
報道は瞬く間に世界を巡る。
見出しは混乱し、言葉は揺れる。
事故。
テロ。
企業を狙った襲撃。
誰も、まだ正確な名称を与えられない。
事件翌日の朝、別の場所で、静かな会見が開かれる。
エリック・サーティーンの妻が、カメラの前に立つ。
彼女は深く頭を下げ、震える声で謝罪する。
謝罪が流され、だが、どの言葉も本質を捉えきれない。
「取り返しのつかないことが起きました」
「被害者の方々と、そのご家族に、言葉がありません」
動機については語られない。
思想についても触れられない。
ただ、謝罪だけが繰り返される。
兄弟は宮殿でその知らせを受ける。
彼らは守られたのではない。
ただ、そこにいなかっただけだった。
【構造上の役割注記:
第4章前半の役割。
ここでは意味づけを行わない。
読者と世界を、同じ「情報不足」の状態に置く。
出来事は起きたが、理由はまだ与えられない。】
【結:止まった世界 ― だが、誰もまだ“本当の意味”を知らない】
そして、遅れて一つの輪郭が浮かび上がる。
エリック・サーティーンという存在だ。
彼は、サイバーサイジング社が25周年を迎える2年前からの顧客であり、
同時に、その2年間、サイバーサイジング社そのものを観察し続けていた。
25周年を迎える2年前から、顧客企業の社長でもあった。
表向きの彼は、理知的で寡黙な経営者だった。
感情を表に出さず、意思決定は常に数値と構造に基づいて行う。
社員からは冷静で公平だと評され、
市場からは「感情を持たない合理の人間」と見られていた。
誰も彼を過激だとは思っていなかった。
むしろ、秩序の側にいる人物だと信じられていた。
彼は、明確な思想を持つ人間だった。
「人が判断する限り、世界は歪む」
その確信に、静かに取り憑かれていた。
完璧に機能し、倫理的で、止まれる企業。
だが彼の目には、それは企業ではなく、宗教組織に見えていた。
夫妻は偶像だった。
人が判断すれば正しい。
人が止めれば世界は救われる。
その物語を、世界は無批判に信じ込み、思考を預けている。
彼はそこに危険を見た。
人間の倫理は不安定で、感情に左右され、例外に弱い。
それでも世界は、夫妻という象徴の前で判断を放棄し、
「この人たちがいる限り大丈夫だ」という信仰に寄りかかっている。
彼は無秩序を望んだのではない。
むしろ逆だった。
感情、倫理、ためらい、例外――
それらを排した、完全に自動化された判断体系こそが、
彼にとっての正義だった。
だから彼にとって夫妻は、敵ではなかった。
障害だった。
善意で止めてしまう存在。
倫理で介入してしまう存在。
機械的に完成された世界を、永遠に遅らせる
“人間性の象徴”。
彼にとって夫妻は個人ではなかった。
制度を体現し、秩序を信じさせる
宗教的象徴だった。
だから彼は、会社を壊さなかった。
制度を壊さなかった。
インフラも止めなかった。
企業そのものをハイジャックし、
信仰の核だけを引き抜いた。
それは、インフラ破壊でも大量殺戮でもない。
象徴を狙った企業テロ・ハイジャック事件だった。
暗殺でなければならなかったのは、
破壊ではなく「置換」を起こすためだった。
人が止めていた世界を、
止める者のいない世界へと
押し出すために。
だが、その結果が何を引き起こすかを、
この時点では誰も知らない。
兄弟も。
世界も。
市場も。
国家も。
この章が描くのは、崩壊そのものではない。
崩壊が「始まってしまった夜」だけである。
【構造上の役割注記:
第4章後半の役割。
ここで描かれるのは「原因の確定」ではなく
「不可逆点の通過」。
宗教的象徴が破壊された瞬間、
世界は判断を自分で引き受けざるを得なくなる。】




