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7.深夜のメモ――越えてはいけない線
その夜。子どもたちが眠り、屋敷の明かりが落とされたあと、アラクネアは書斎の机に一冊のノートを置いた。真新しい、何の装飾もないノート。
彼女が最初に書いたのは「何をするか」ではなかった。「何をしてはいけないか」だった。
国家を離れても、国家機密に触れた経験を利益に変えてはならない。情報を恐怖や不安で売ってはならない。合法であっても正しくないことはしない。守れない約束は最初からしない。
ペンは迷いなく走った。それは衝動ではなく、確認作業だった。
後からアレックスが書斎に入り、黙ってノートを覗いた。
「会社の規則じゃないな」
「ええ。私たち自身の制約よ」
彼は静かにうなずいた。
「それがないと、どこまで行っていいか分からなくなる」
この深夜のメモは翌日も、その次の日も続いた。まだ会社は存在していない。だが、越えてはいけない線だけは先に引かれていた。




