17.再びの妊娠(1994)ジェイムズに伝える“兄になる日”
二年の間に、夫妻は“これから”を考え続ける。
答えは出ない。だが、生活は進む。
そして再び、アラクネアが妊娠する。
彼女は検査薬を見て、前回より早くアレックスに言った。
迷いが減ったのではない。
迷いの扱い方を覚えたのだ。
「……また、です」
アレックスは目を閉じ、次に頷く。
「うん。
——今度は、もっと上手くやる」
「上手く、じゃなくていいです。
正確に」
彼は小さく笑う。
「君らしい」
検査は、再びアダソン宮殿の広大な敷地内にある専用病院で行われた。
一度目と同じ、静かな建物。
白すぎない壁。
必要な音だけが残る場所。
医師の説明は簡潔だった。
余計な期待も、不安も付け足さない。
「……男の子です」
アラクネアは、ゆっくり頷いた。
驚きはない。
ただ、輪郭がはっきりした、という感覚だけが残る。
病院を出ると、宮殿の庭が見える。
風に揺れる樹木と、手入れされた芝生。
この場所に、彼女はもう慣れていた。
初めて足を踏み入れた頃の戸惑いは、記憶の奥に沈んでいる。
車に乗り込む。
走り出すまで、二人とも言葉を選ばない。
やがて、アラクネアが言う。
「……男の子、だそうです」
アレックスはハンドルを握ったまま、
一度だけ深く息を吐く。
「そうか」
その言葉に、余計な意味はない。
期待も落胆もない。
ただ、事実を正確に受け取った、という音だった。
車は静かに宮殿の敷地を抜け、
“家”へ向かう。
家に帰ってから、
ジェイムズに伝えることにする。
———
ジェイムズに伝える日。
夫妻は、派手に言わない。
アラクネアが床に座り、ジェイムズと目線を揃える。
ジェイムズは二歳前後。
言葉は短いが、理解は鋭い。
「ジェイムズ。
ここにね……赤ちゃんが来るかもしれない」
ジェイムズは彼女のお腹を見て、次に彼女の顔を見る。
「ベイビー?」
「そう」
アレックスが言う。
「君は、お兄ちゃんになる」
ジェイムズはすぐには喜ばない。
彼はまず、確認する。
「ママ、いたい?」
アラクネアは一瞬、喉が詰まった。
二歳の子が、“痛み”から聞く。
「少し痛いときもある。
でも、大丈夫」
ジェイムズは頷いて、短く言う。
「ぼく、まもる」
その言葉で、夫妻は目を合わせた。
守る、という価値観が、
もう家庭の言語になっている。




