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16.葛藤の始まり(遅い帰宅と、遠距離通勤)
ジェイムズが生まれてから、夫妻は知る。
制度があるかどうかではない。
構造が家族を想定していない。
帰りが遅い夜が続く。
使用人に面倒を見てもらうこともある。
それは贅沢ではなく、必要な“補助輪”だ。
けれど、補助輪があるほど、逆に突きつけられる。
——補助輪がないと回らない日々。
——回るけれど、削れていく日々。
ある夜。
アレックスが帰宅し、ジェイムズの寝顔を見て、立ち止まる。
彼は声を落とす。
「……今日、何回泣いた?」
アラクネアは、すぐに答えない。
数えること自体が痛い。
「……二回。でも、抱いたら落ち着きました」
アレックスは頷く。
そして、言う。
「僕は、抱けてない」
責める声ではない。
事実の声だ。
だから重い。
アラクネアは言う。
「あなたが悪いわけじゃないです」
「うん。でも、構造が悪いって言い続けても、ジェイムズの夜は戻らない」
その言葉が、二人の中で“次の問い”になる。
——このままでいいのか。
——ここで守れているのか。
——守りたいものが増えたのに、守り方は変わらないままでいいのか。
まだ答えはない。
でも、問いは芽を出してしまった。




