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5.花嫁の“青いもの”
式の朝。教会の控室には、古い木の匂いがあった。窓から差し込む光は柔らかく、外の喧騒が嘘のように遠い。
アラクネアは、代々受け継がれてきたウェディングドレスの前に立っていた。布は白い。だが白さは新品の白ではない。時間の中を通ってきた白。守られて、何度も“誓いの場”をくぐってきた白。
手袋をつける前に、彼女はドレスに触れた。指先に残るのは、重さではなく“責任”だった。
控室に入ってきたのは、彼女の家族だった。十人姉妹の姉たち。いつもは賑やかなはずなのに、今日は誰も大きな声を出さない。末っ子が、異世界の伝統を身にまとうのを見て、言葉を失っている。
長姉が言った。
「……すごいね。 でも、あなた——ちゃんとあなたの顔してる」
アラクネアは答えない。涙が先に来そうだったからだ。
そして、アイシャドウ。水色。アダソン家の花嫁に受け継がれる“青いもの”。
鏡の中の自分が、少しだけ知らない人に見えた。けれど、怖くはなかった。
——私は、変わるんじゃない。“責任の形”を着るだけだ。
FBIの同僚も何人か控室の外にいた。女性職員が小声で言う。
「本部のスーツ姿しか知らなかったのに……」
別の同僚が、冗談を言おうとしてやめた。やめたことが、祝福だった。




