4.歌詞が決まるまで(最終稿に至る夜・改稿)
歌詞は、一度で決まらなかった。二人は“盛る”ことができない。美しいだけの言葉にすると、嘘が混ざることを知っている。嘘は、祝福の席では目立たない。だが、あとから必ず傷になる。
最初の草案は、恋の歌だった。出会い、惹かれ合い、運命のように結ばれる――誰もが納得して拍手できる形。
だが、アレックスは紙面を見つめたまま、静かに言った。
「恋は、始まりの一部でしかない」
声は低く、感情は抑えられていた。否定ではない。ただ、“足りない”という指摘だった。
作詞担当が言葉を探す。
「では、何を中心に据えましょう」
アラクネアが答えた。彼女はいつも、結論を急がない。だが、必要なときだけは迷わない。
「“守る”を中心にしてください」
作詞担当が頷きかけたところで、彼女はもう一つ付け足す。
「でも、重くしすぎないでください。 子どもが歌える歌にしたいんです」
「子ども……?」
驚きが、ほんの一瞬だけ会議室の空気に浮いた。ここはアダソン宮殿の書斎だ。世界的な家名の結婚式準備で、“子ども”という言葉が最初に出ることは少ない。
アラクネアは小さく頷く。
「いつか、子どもが生まれたとして。 言葉がまだ分からない時期でも、 眠る前に、泣いている時に、 “守られている”って感じられる歌」
それは夢物語ではなかった。彼女の言葉はいつも、願望ではなく設計に近い。いま目の前にいない存在のために、先に安全策を置く。ログを読む時と同じやり方だった。
アレックスが続けた。
「この歌には、核がいる。 気分じゃなく、姿勢として残る核だ」
作詞担当が問う。
「核……」
アレックスは迷わず言った。
「愛。情熱。信頼。絆。 この四つは飾りにするな。 誓約として書け」
アラクネアは、少しだけ視線を落とす。言葉を選ぶ癖は、ここでも変わらない。
「……綺麗にしすぎないでください。 “正しそうな言葉”にすると、すぐ嘘になります」
作詞担当が息を吸う。矛盾ではない。難題でもない。ただ、精度が必要なだけだ。
推敲は何度も行われた。
“永遠”という言葉を入れるか入れないか。“誓う”という動詞をどう扱うか。108本の薔薇を、単なる派手な数字にしないためにどう書くか。
数字は強い。だが強すぎる数字は、意図を飲み込む。二人が欲しいのは、見せるための象徴ではなく、守るための合図だった。
夜更け。書斎の時計が小さく音を立てる。紙の擦れる音と、ペン先のかすかな音だけが続く。
最後の決め手になったのは、アラクネアの一言だった。作詞担当が「永遠」という言葉を避ける案を出したとき、彼女はしばらく黙ってから言った。
「永遠は、言い切ると嘘になる」
皆がペンを止めた。その言葉は、恋の場で言う言葉ではない。彼女は続けた。
「でも——守り続けるなら、永遠って言っていい」
それはロマンではなかった。“継続する責任”の宣言だった。
アレックスが小さく頷く。
「それなら嘘じゃない」
作詞担当が、ページの余白にそっと書き足す。言葉が飾りではなく、姿勢として落ちた瞬間だった。
そして最終稿が出来上がる。英語歌詞の和訳として、本文に残されたのがこれだった。
『愛の薔薇讃歌』(和訳・最終稿)
『【1番】我々は長い歴史の中で生まれ、育った我々は長い歴史の中で出逢い恋に堕ちた3年の時を一緒に過ごした想いは日に日に募る永遠の愛を誓う108本の薔薇に愛を込めて
【1番サビ】アンクル・ウォルターの薔薇のように美しく咲いて2人の愛は情熱的で尊いアンクル・ウォルターの薔薇のように魅力的に咲いて2人の愛は永遠に続いていく
【2番】この先の未来に2人の宝物は生まれる輝く未来に彼らは育っていくだろう長い時間を共に生きて 彼らは日々大きく育つ永遠の平和を願う彼らの生きる未来のため
【2番サビ】オレンジデュカットの薔薇のように誇らしく咲いて家族の信頼は強くて尊いオレンジデュカットの薔薇のように穏やかに咲いて家族の絆は永遠に続いていく
【ラスサビ前】遠い未来へと歴史を繋ぐ家族は大きくなっていくのだろう偉大なる歴史を繋いでいく彼らの生きる未来のため
【ラスサビ】アンクル・ウォルターの薔薇のように美しく咲いて2人の愛は情熱的で尊いアンクル・ウォルターの薔薇のように魅力的に咲いて2人の愛は永遠に続いていくオレンジデュカットの薔薇のように誇らしく咲いて家族の信頼は強くて尊いオレンジデュカットの薔薇のように穏やかに咲いて家族の絆は永遠に続いていく』
作詞担当はページを閉じ、深く頭を下げた。
「……歌詞というより、誓約ですね」
アレックスは短く答えた。
「誓約でいい。ただし、子どもが歌える形で」
アラクネアは、ほんの少しだけ笑った。
「やっと、嘘が混ざらなくなりました」




