2.専属たちの会議(改稿・完全版)
数日後。
アダソン家の音楽関係の使用人たちが、書斎に集められた。
作詞、作曲、編曲、演奏監督、音響。
そして“歌い手の選定”を担う執事長補佐。
皆、一流だったが、空気は軽くなかった。
この家の会議は、
派手に褒めるために開かれない。
失敗しないために開かれる。
アレックスが、端的に言う。
「結婚式の音楽を作りたいわけじゃない」
誰も反応しない。
理由を待つ。
アラクネアが続けた。
「家族の歌を作りたいんです。子守唄にもなる歌。子どもが育ったあとも、“戻ってこられる場所”として残る歌」
作詞担当が慎重に尋ねる。
「核に置く価値観は、どちらに」
アレックスは迷わず答えた。
「愛。情熱。信頼。絆。
その四つを、飾りじゃなく“判断”として書いてほしい」
アラクネアは、わずかに視線を落とす。
言葉を選ぶ癖は、ここでも変わらない。
「……美しい言葉で、嘘をつかないでください」
その一言で、会議の温度が変わった。
これは演出ではない。
この家の記憶を作る仕事だ。
演奏監督が問いかける。
「楽器の指定はございますか」
アレックスは一瞬、アラクネアを見る。
命令ではない。
合意を確かめる視線だった。
アラクネアが答える。
「嘘をつかない音がいい」
アレックスが続ける。
「ストラディヴァリウスを使う」
誰も声を上げなかった。
だが、息遣いがわずかに変わる。
演奏監督が確認する。
「……楽器の手配を、という意味でしょうか」
アレックスは首を振る。
「違う。
“持っている人”を探す」
空気が、さらに張り詰める。
ストラディヴァリウスは、楽器ではない。
数億円の価値を持ち、
国家・家系・演奏家の人生と結びついてきた存在だ。
それを“借りる”ことはできる。
だが、“預ける音”は違う。
アレックスは淡々と続ける。
「派手に鳴らして、人の心を押す音はいらない。
寄り添う音がいい。
あれは——寄り添える音だ」
アラクネアが小さく付け足す。
「急がせない音。
奪わない音。
聞く人が、自分の速度で泣ける音」
その瞬間、方角が定まった。
音の方向。
歌の方向。
そして、この家の未来の方向。




