17/93
8.アダソン宮殿(守るための場所)
アダソン宮殿にも行った。
家主である彼が、ほとんど使っていない場所。
彼女が想像していた“宮殿”とは違った。
煌びやかさより、静けさが先に来る。
広すぎる廊下は音を吸い、窓から入る光は柔らかい。
誰かが住むためというより、何かを守るために存在している建物だった。
「……誰もいないみたい」
「普段は、ほとんど誰も入らない」
「なのに、どうして……私を?」
彼は少しだけ足を止め、窓の外――庭の薔薇の列を見た。
「ここは、使うためじゃない。守るための場所だ」
彼女は歩きながら、その意味を考えた。
守る、という言葉が、彼にとってどういう重さを持つのか。
回廊の先で、彼は庭に続く扉を開けた。
そこには、赤とオレンジの薔薇が、風に揺れていた。
それはまだ彼らが会社の象徴色を持つより前のことなのに、
まるで未来が先に置かれているようだった。
彼女が薔薇に近づくと、彼は少し離れた場所で立ち止まった。
手を伸ばして触れろとも言わない。
説明もしない。
ただ、彼女がそこにいることを許した。
彼女は、心の中で確信した。
この人は、私を変えない。
私の孤独を“直すべきもの”にしない。
ただ、同じ場所に立つ。
それが、恋だった




