7.恋に落ちた決定打(重なった三つ)
恋に落ちた決定打は、一つではなかった。
判断の場で、彼が彼女を利用しなかったこと。
自分の孤独を、矮小化せず、修正せず、ただ受け取られたこと。
その二つだけでも十分だったはずなのに――もう一つ、決定的な場面があった。
小さな教会。静かな礼拝堂。
そこはアダソン家が代々信教しているキリスト教の場所で、結婚式も葬式も、代々そこで行われてきたという。
初めて彼に連れて行かれたとき、彼女は「仕事の外で、こういう場所に来るのは珍しい」と思った。
扉を開けると、木の匂いと、古い石の冷たさが混ざった空気がある。
人がいないのに、人の祈りだけが残っている場所。
彼は、祭壇の前で立ち止まり、帽子を取った。
その動作が、あまりにも自然だった。
誰かに見せるためではなく、ここでそうするのが当然だという動き。
彼女はそこで初めて、彼の背中が“権威”ではなく“責任”でできていると知った。
「……ここ、よく来るんですか」
「必要なときだけ」
「必要なときって?」
彼は少しだけ考えてから言った。
「判断を間違えたくないとき」
その答えに、彼女は息を飲んだ。
FBIの中で“判断を間違えたくない”と言える人は多くない。
多くは、正しさを主張する。正しさを誇る。
だが彼は、正しさを“背負うもの”として扱っていた。
礼拝堂の長椅子に座ると、彼は続けた。
まるで報告書のように、淡々と。けれどそこには温度があった。
「アダソン家は……ここで、代々、区切りをつけてきた。始まりも、終わりも。だから、僕はここで嘘をつけない」
彼女はその言葉を聞いて、初めて訊ねた。
「……アダソン家って、そんなに古い家なんですか」
彼は少しだけ目を伏せた。
「話していなかったですね。僕は……十三代目です」
彼女は言葉を失った。
彼の姓が“ただの姓”ではないことは、どこかで気づいていた。
けれど、家主という言葉は、遠い世界のものだった。
「……あなたが?」
「はい」
彼はそれ以上、誇らしげに語らなかった。
そこが、彼女の胸を決定的に打った。
権威を持っているのに、権威として振る舞わない。
重いものを持っているのに、それを相手に押し付けない。
彼女は小さく笑ってしまった。
「驚きました」
「怖いですか」
「……いいえ」
少し間を置いて、正直に言った。
「知らなかったのに、もう尊敬していました」
彼は何も言わなかった。
ただ、目を逸らさなかった。
彼女の言葉を、軽く受け流さなかった。
その沈黙が、誓いのように感じられた。
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