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4.初めての案件

出会いから数か月後、二人は同じ案件に組み込まれた。


内部監査付随案件。

後に「グレー・ファイル案件」と呼ばれるもの。


派手な銃撃も、ニュースもない。

だが、判断を誤れば、無実の人の人生が壊れる――そういう種類の、静かな事件だった。


内部文書の不自然な複製。

アクセスログの微妙な齟齬。


データは漏れていない。改ざんもない。

それでも、誰かが見ているような痕跡が残っている。


黒とも白とも言えない、灰色の案件。

内部では、そう呼ばれていた。


会議室の空気は冷えていた。

誰も叫ばない。誰も笑わない。

だが、誰も安心していない。


ある一人を疑う方向へ傾けば、結論は早い。

組織は“仕事をした”形になる。

けれど、早さは、ときに人を壊す。


彼は全体構造を見る。

彼女は、細部の歪みを見る。


彼は、現場の勢いを止める判断を担い、

彼女は、記録と履歴の中から“誤解の芽”を摘む。


数日後。

アラクネアはログを追い、ある一点で指が止まった。


規則正しすぎる。

間隔が整いすぎている。

人間の手つきではない。


息を吸い、吐き、言葉を選ぶ。

彼女の声はいつも小さい。

だが、言葉が小さいのではなく、無駄がないだけだった。


「この記録……正確すぎます」


室内の視線が、一瞬集まる。

彼女はそれを受け止めて、視線を落とさない。


間を置いて、もう一つ付け足す。


「人が扱った精度ではない」


多くの者なら、誰かを疑う方向へ進んだ。

疑いは早い。結論も早い。

“成果”として形になる。


だが、彼は違った。


アレックスは資料を見つめたまま、視線を上げずに言った。


「この線は保留にする。

彼女の分析を優先する」


その瞬間、空気が変わった。

急ぐ流れが、いったん止まる。


沈黙が落ちた。

沈黙が疑いに変わりやすい場所で、彼はその沈黙を“判断”として引き受けた。


「犯人を作れば早い。

だが、早さは正しさじゃない」


誰に向けた言葉でもないようで、全員に向けた言葉だった。

そして何より、彼女に向けた宣言だった。


彼女は、そのとき初めて思った。


――この人は、私を“使わない”。


自分の判断を正当化するために、彼女を盾にしない。

もし間違っても、彼女のせいにしない。

そして何より、声の小さい分析を“先に”置く。


それは、FBIでは勇気のいる決断だった。


結末は、静かだった。


犯人はいなかった。

旧式システムの自動参照設定が、条件次第で履歴を繰り返し読む欠陥を持っていた。


システムは修正され、誰も罰せられなかった。

誰も称賛されなかった。


だが、その判断は確かに、ひとつの人生を救っていた。


報告書を閉じたとき、彼女はふと、自分の指先が震えていることに気づいた。

疲労ではない。恐怖でもない。


――間に合った。


守れた、という感覚だった。


挿絵(By みてみん)

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