7、呪いの歌の出処は
エズメがゴブリンの声が聞こえた方へと進んで行くと、それは見事な彫刻で装飾された、巨大な扉が現れた。
「ここが展示室かしら。ヒルダ、お願い」
「任せろ」
ヒルダがその大扉を引いて開けると、そこは美術館のように両側の壁に整然と幾つもの絵画がかけられ、彫刻や工芸品をおいた台が並ぶ部屋だった。
「当たりだな、エズメ」
ヒルダが、奥にある台の上に置かれた機械を指さした。
それは木製の箱だった。箱の上部には、エンジェルトランペットの花に似た大きな真鍮製の部品が取り付けられ、箱の側面には手回しハンドルがついている。そのハンドルを回しているのは、見るからに悍ましい小人だった。怒りと不機嫌しか感じたことがないのだろうかと思われるほど深い眉間の縦皺。頬の肉はだらしなく垂れ下がり、口元は意地悪さと卑しさを表すように歪んでいた。
――人間どもめ、殺し合え。妖精の癖に人間に与し、世界の秩序だなんだと煩い連中は魔力を失って滅びされ。
蓄音機から流れてくる歌もまた、醜悪だった。
「ヒルダ、まずは耐えてほしい。ここは高価な美術品の数が多過ぎる」
「……了解」
オシアンの言葉に、ヒルダが歯を食いしばった。
一応、ヒルダが主、オシアンが使い魔なのだが、ヒルダはオシアンの言葉をよく聞き入れる。だからといって、オシアンがヒルダを支配しているわけでもない。
主従関係を結んでまだ数年ではあるが、二人の相性はこの上なく良いのだろう、とエズメは思った。
――何とも聞き苦しい呪歌でございますが、閣下には如何なる策がおありでしょうか?
菊松にもやはりゴブリンの歌は耐え難いのか、オシアンに向かってそっと尋ねた。
「見たところ、アレは産卵前の空腹で気が立っているようだ。好物の生の鹿肉で誘き寄せよう」
ヒルダが首を傾げた。
「アレは雌なのか?」
エズメは思わず首を振った。アーケイディア単科大学で座学を受けていた時、ヒルダがゴブリンの説明になると耳を塞いでいたことを思い出したのだ。
「ヒルダ……。ゴブリンは単為生殖よ、雌雄はないわ」
オシアンが、生の鹿肉の包みを何処からか取り出した。
「これは新鮮な紅葉肉にございまするな。味噌仕立ての鍋にしたならば、さぞ……」
角之進が小声でそう言った。牛は草食ではないのか、とエズメは思ったが、何も言わないことにした。
ともあれ、オシアンが鹿肉を出すとゴブリンは匂いを嗅ぎつけたのだろう、こちらに目を向けた。
オシアンがかけた認識阻害魔法のおかげで、ゴブリンの目には鹿肉しか映らない。しかも、ゴブリンの辞書には、自制だとか我慢だとか辛抱だとかいう言葉はない。皆でそろそろと後ずさると、肉に釣られてゴブリンもそろそろと付いて来た。
「中庭に出よう、そこならヒルダも存分に戦えるはずだ」
オシアンが小声でそう指示を出し、全員がそれに従った。
中庭に出たところで、オシアンが鹿肉を地面に置き、ゴブリンがそれに飛び付いた隙を突いて、ヒルダが槌矛を振り下ろした。
破魔の力の宿った渾身の一撃を受け、ゴブリンは焼け石の上に落ちた雪片のように消え去った。
「これで終わったのか?」
「ああ、幸いまだ産卵前で、他のゴブリンもいないようだが……」
屋敷を見回したオシアンがそう言いかけ、首を傾げた。何か違和感がある様子で。
エズメの耳が、微かに聞こえる呪歌を捉えた。
「まだ、呪歌を歌うモノがいるわ……。それも複数」
「これはケルピーの声だ。アレが好むような深さと広さの水を湛えた場所が、屋敷の中にあるとは……」
オシアンは首を振った。
「屋敷の中に戻ろう。全く、思いがけないことが起こる世の中になったものだ。これもまた技術革新の副産物なのだろうな」




