6、グリードル屋敷に充満するもの
エズメは、その声の主を見て失笑しかけた。
ずんぐりとした赤い身体に、ふらふらと揺れる首。角があるのでどうやら牛の形を模した玩具のようだったが、その表情は良く言えば優しげ、悪く言えば覇気のない印象だった。
――某は赤き闘牛の玩具にて、名は、一徹角之進と申す。各々方、どうぞよろしくお頼み申す。
ほのぼのとした顔ながら、その話し方は武人そのもの。
オシアンが角之進を見て、ひとつ頷いた。
「これは有り難い。病と災厄を寄せつけぬ力をお持ちの貴殿が我らと同道くださるならば、こちらの淑女もゴブリンの呪いに呑まれずに済むだろう」
オシアンが角之進にエズメを紹介した。
エズメは視覚、聴覚、嗅覚といった感覚が聖騎士団員の中でも特に鋭い代わりに、呪いや魔法への耐性がやや低い。支給された護り指輪に込められた破魔の力も、どうやらこの屋敷に潜むゴブリンの魔力より弱かったようで、先程は本当に危ないところだったのだ。
「エズメ嬢が御二方を抱いて進めば、エズメ嬢は呪いから護られ、御二方は我々と行動出来、私とヒルダはすばしこいゴブリンを退治するのに両手を使うことが出来る。如何だろうか?」
誰にも異論があろうはずはなかった。
「ところで、私たちは一体何を探せば良いんだ?」
廊下に出てすぐに、ヒルダが首を傾げた。すると、エズメの腕の中の菊松が答えた。
――伯爵閣下がお取り寄せになった絡繰仕掛けは、手早く簡単に二重縫いが出来るもの、音を記録し、再生するというものでございます。それから、レグザゴーヌから職人を呼び寄せ、大広間にあくありうむなるものを設置したとも聞き及んでおります。
オシアンが半ば考え込むように言った。
「なるほど、それはおそらく縫製機械と蓄音機だろう。どちらも先の万国博覧会で大いに評判になったものだ。……さてと。貴族が話題の品や珍しい品を入手する目的は、趣味や実用性のためばかりではなく、自らの財力や人脈、或いは権威などを誇示するためでもある。アクアリウムが大広間にあるというのならば、残りの二つは何処に置くだろうか?」
「公爵閣下、我らが聞くところによれば、絡繰仕掛けの品は展示室に置かれているとのことでございます」
角之進がオシアンの言葉に答えたが、問題は、彼ら全員がこの屋敷の間取りに不案内ということだった。
しかも、貴族の屋敷には当然いるはずの案内役も、ここにはいない。更には屋敷中に禍々しい魔力が充満しているために、オシアンの鋭すぎる感覚では、呪いの元となる魔力を辿ることが却って難しかった。
「耳をすましてみるわね。今なら、呪いも干渉して来ないでしょうから」
エズメはそう言い、屋敷の隅々の音まで拾うつもりで聞き耳を立てた。
きいきいと、錆びた蝶番が軋むような声が聞こえた。
――おのれ、何たる屈辱か。愚かな人間どもめ、この儂をグレムリン如き低能どもと見誤り、飴玉一つで賺そうなどと、思い出すだに腹立たしい。
呪詛と怒りと怨念に満ちたそれは、紛れもなくゴブリンの声だった。
「向こうからゴブリンの声がするわ。案内するわね」
そちらへ向かって歩きかけたエズメを、オシアンが呼び留めた。
「待ちたまえ、エズメ嬢。相手はゴブリンとはいえ、老いてそれなりに狡猾さを身に付けているはずだ。我らの気配をごまかす術をかけておいた方が良いだろう」
オシアンが指を鳴らすと、頭からシルクのシーツをかけられたような感触がした。
ヒルダが小さく、うわっと声を上げた。きっとエズメと同じように感じたのだろう。
エズメは言った。
「さ、今度こそ良いかしら。私に付いて来て」
角之進は「あかべこ」です。
ところで、「red bull」も「あかべこ」もほぼ同じ意味の言葉のはずなのですが、互換性は全くないですよね。
「あかべこ、翼を授ける」




