5、先の万国博覧会で好評を博した物
破魔のフォスター家の出身であるヒルダと手を繋いでいれば、ゴブリンの呪いは防げる。
エズメは先程感じた憎悪を思い出してひやりとし、ヒルダの手の温かさを心強く感じた。
泣き声は二階の奥。伯爵一家の私的な領域から聞こえて来る……。
「ここか?」
ヒルダに問われ、エズメは頷いた。思い切って扉を開けると、そこは子ども部屋だった。
「惨劇の最中、あの兄妹がいたという場所だな」
ヒルダが子ども部屋を見回して、声にならない悲鳴を上げた。
ソファの上に、一体の人形が置かれていたからだ。肩までの漆黒の髪に、凹凸の少ない真っ白な顔。やや小さく細い目は、まるで微笑んでいるようでもある。紅い服は異国の物であるのか、重ねて巻いた布を身体の前で合わせて、かなり太めのベルトで巻いているように見える……。
「呪術人形か……?」
ヒルダがそう思うのも無理はなかった。悪霊が常に空の器を探し回るこの世界では、人形は一般的なものではない。しかし、人形を破壊しようと槌矛を構えたヒルダの手を、オシアンが静かに押さえた。
「待ちなさい、ヒルダ。これは清らかな魂を持つ者だ。妖精たちが言っていた『護り』とは、この人形のことなのだろう」
オシアンの言葉に、エズメは数年前に読んだ論文を思い出した。
「……確か、極東のマホロバ皇国の人形や動物を模した玩具は、悪霊に取り憑かれないどころか、邪悪な気を祓い除ける護りとして若い女性や子どもたちの側に置かれるのだとか。二年前のレグザゴーヌでの万国博覧会で話題になっていたわね」
オシアンは人形をしげしげと見つめると一つ頷き、人形に声をかけた。
「我が主が驚かせて申し訳ない。我が名はオシアン、猫型妖精を統べる者にして、この連合帝国の公爵位にある者だ。貴殿は極東よりおいでになった幼子の護り手殿とお見受けするが、差し支えなければご芳名をお聞かせ願いたい」
――何やら並々ならぬ力をお持ちの皆様、お初にお目にかかります。私は、こちらの若君と姫君をお護りすべく、友と共に皇国より参りました、菊松と申します。
オシアンが名乗るのを見てヒルダが菊松に乱暴しかけたことを謝罪した上で改めて名乗り、エズメもそれに続いた。
「菊松殿は、この屋敷に呪いを撒き散らすものについて、何かご存知か?」
オシアンがそう尋ねると、菊松は次のように語った。
私と友は当家に参上したその時より絶えず邪悪な気配を感じておりました。しかしそのことをどれほど注進したくとも、こちらに住まう方々には、私と友の声も、共にお側に侍る小さき友らの声も届きませぬ。まだお小さい若君と姫君でさえ、私どもの声をお聞きになることが出来ぬご様子。
あの邪悪な気配が最も強まった嵐の夜、私どもは、御子様方に災いが振りかからぬようにするだけで精一杯でございました。
けれども、何が悪さをしているのか、見当はついております。私と友が当家に迎えられたように、伯爵閣下は異国の文物に並々ならぬ興味をお示しになりました。古参の小さき友らは、伯爵閣下が万国博覧会でいたくお気に召し、異国に注文なさった品々が当家に届いて以来、邪悪な気配が漂うようになったと申しております。
私はこの通り、身動きは出来ませぬ。ですから実際にどの品がこの屋敷に災厄をもたらしたのかはわかりませぬが、小さき友らの話によれば、何やら絡繰仕掛けの物から邪悪な気配がするとのこと。
この屋敷に災厄をもたらした者を討伐なさるならば、どうか私もお連れくださいませ。
御子様方の御両親と奉公人らを害した者の末路を見届けとうございます。
――待たれよ菊松殿。某も共に参ろうぞ。
勉強机の上から、もう一つの声が上がった。




