4、年取ったゴブリンの呪い
モノセロス子爵領から乗り合い馬車で街道を通ってアリコーン伯爵領へ。三人は、早朝から夕方まで一日馬車の中で揺られ、途中の町で宿を取ることになった。
馬車から下りたヒルダが、風の冷たさに身を竦めた。
「9月にもなると、朝夕はやっぱり肌寒いよな。ボンボンショコラが猫の姿だったら抱き上げて温まることも出来るんだけどなぁ」
エズメも相槌を打った。
「いつものオシアン公は確かにふわふわで、少し撫でるだけでも温かそうよね」
「ヒルダ、そんなに恨めしげに我を見ないでくれたまえ。それにエズメ嬢、君は未婚の淑女なのだから、ヒルダに便乗して我で暖を取ろうなどと考えてはなるまい」
少し気分を害したようにそう言うオシアン。その不機嫌の理由は、彼の今の姿は道行くご婦人方が皆振り返るほどの麗しさなのに、肝心のヒルダの反応は芳しくないことにもあるのではなかろうか、とエズメは考えた。何しろ、乗り合い馬車の中でのオシアンの人気は、それはもう大変なものだったから。
「とりあえず、宿を探しましょう。素泊まりで、お台所を借りられる所が良いのでしょう?」
「淑女二人の口に粗末で怪しげな物など入れるわけにはいかぬだろう。やはり我が材料から吟味したものでなければ」
「本当に、オシアン公のおかげで助かりますわ」
エズメは心からそう言った。――全く、この連合帝国の食事情ときたら!
日が暮れる前に何とかオシアンの交渉で良い宿が決まり、エズメとヒルダが同室、オシアンは個室ということになった。
部屋に荷物を置き、ベッドに倒れ込んだヒルダが、ガバっと上体を仰け反らせるように顔を上げた。
「……ゴブリンの駆除剤は自分で作った方が良いよな?」
「ええ、それが一番よ。店で売っているものは正直に言って、効果がないもの」
大抵の魔物については「殴り倒した方が早い」と主張する(しかも実際、ヒルダに限ればそれは正しい)ヒルダが、真面目に駆除剤について検討しているのが面白くて、エズメは笑いを噛み殺した。
「彼奴等の苦手といえば、カモミール、ヨモギ、ショウガだったか……」
「ええ。シソ科とセリ科のハーブには耐性があるから、その辺りが良いわね。持っているの?」
「今はないが、ボンボンショコラに頼めば何とかしてもらえると思う。ちょっと行ってくる」
ベッドから下りてすぐに部屋を出ようとした親友をエズメは呼び止めた。
「待ってヒルダ!」
しかしそれは間に合わず、ノックなしで、隣のオシアンの部屋のドアを開けたヒルダは、オシアンから「淑女の自覚を持つように」ときつく叱られることになった。
翌日。グリードル屋敷に着いた三人は、子爵から借りた鍵束を使い、本館の中に入った。
「……気を付けろ。何か、嫌な感じがする」
ヒルダの声を聞いた時、何故かエズメはヒルダのことが憎くてたまらなくなった。まるで彼女が、不倶戴天の敵であるかのように……。
「エズメ嬢、落ち着くんだ。呪いに取り込まれてはならない」
オシアンの声がした。ヒルダから、昨日せっせと二人で手作りした駆除剤の包みを鼻先に突きつけられ、エズメは正気に返った。
「今のは……?」
オシアンが答えた。
「相手の声を聞いただけで、殺意が沸く呪いだ。警察官たちが呪いにかからなかった理由はよく分からないがね。報告には『この屋敷の主であるアリコーン伯爵夫妻と使用人たちが殺し合いでもしたようだ』とあったが、実際に殺し合いをしたのだろう。年取ったゴブリンのよく使う手だ」
「ゴブリンの呪いなら、何処かに触媒となった物があるはず……」
エズメは注意深く辺りの気配を探った。二階に続く階段から、細い泣き声が聞こえた。
「二階に行ってみましょうか」
エズメはヒルダの手を取った。




